佐々木歯科医院

佐々木雄一 院長

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義歯を作るのが好き。そう語る「佐々木歯科医院」の佐々木雄一院長は、とにかく温かみのある笑顔と朗らかな笑い声が印象的。医院は大宮駅から2駅目、東武野田線の大宮公園駅から徒歩1分の立地ながら、静かでほのぼのとした雰囲気が漂う風景の一角にある。噛める喜び、食べる楽しみを取り戻してほしいと、義歯作りの重要なパートナーである2人の歯科技工士と、恩師・阿部晴彦氏の開発した製作システムで、地域の高齢者の口の健康をサポートしている。また、検診を通じて小児や障害児、その親たちとのコミュニケーションも多く、地域密着の頼れるドクターとして親しまれている。そんな佐々木院長に、医師の道をめざしたきっかけやクリニックでの日常について話を伺った。
(取材日2015年9月3日)

開業40年、障害児や高齢者と関わる和やかな時間

―歯科医師をめざしたきっかけをお聞かせください。

祖父が歯科医師だったのですが、長男である私の父は、当時盛んだった機械工学の道に進み、歯科医院は二男である叔父が実家の秋田で継いだのです。父は、就職のため埼玉に来たので、私は生まれも育ちも埼玉なのですが、夏休みなどに秋田へ遊びに行った時は、診療室に通っては叔父が仕事する姿を飽きずにずっと眺めていました。実家付近に住むいとこたちも、祖父の勧めに応じて医師の道をめざし、岩手医科大学に行っていたので、私もごく自然な流れで歯科医師の道を選び、岩手医科大学の歯学部へ入学しました。両親に医師になるよう言われたことはありませんでしたが、医師免許を取得した時は喜んでくれました。大学は盛岡市にあったのですが、学生も多くて、とても過ごしやすい、いい街でしたね。

―卒業後、明海大学での勤務を選んだ理由は?

親に戻って来るよういわれていたのですが、ちょうどタイミングよく、埼玉の坂戸に明海大学の歯学部(旧・城西歯科大学)ができたので、戻って来て小児歯科学講座に入局することにしました。まだ卒業生が出ていない新設の大学だったので、特診室で診察したりなど、普通ではできないような経験もさせてもらいました。その後、短期間ですが与野にある歯科医院での勤務を経て、卒業して約4年となる1976年に、ここ大宮公園で開業しました。私の場合は、弟が大学卒業後に突然、自分も歯科医師になりたいと言い出し、その学資を稼ぐために開業を決意したのです。今は研修医制度があって、そんなに早く開業するのは難しいですが、当時は、卒業してすぐに開業する人も、さほど珍しくはありませんでした。とはいえ、今考えると無謀でしたね。でも、その時は必至でした。その弟も、無事、国家試験に合格し、現在は東武動物公園のほうで開業医をしています。

―どのような層の患者さんが多いですか?

現在は圧倒的に高齢の患者さんが多いですね。以前は、若い患者さんも多かったのですが、継続して来てくださる方は、この医院や私と一緒に年を重ねていらっしゃるので。医院以外では、歯科医師会を通じた業務として、小児や障害児の検診を行っています。役所の方と障害児のいるお宅を訪問することもあるのですが、障害児の親御さんはナーバスになっていたり、構えてしまったりする方も多く、時には会いたくないと拒絶されてしまうこともあります。検診の際は、お母さんたちの緊張や不安が少しでも和らげばと思い、たわいない話をするようにしています。以前は県の歯科医師会の口腔保健センターの副委員長も務めていたので、会の業務の運営などにも携わっていましたが、今は若い先生に後を任せ、顧問として見守りながら検診に当たっています。



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