久原医院

久原医院

久原 毅院長

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最初の研修先での厳しい経験が今に生きている

―研修医として勤務してみての印象はいかがでしたか?

手先もある程度は器用だと思っていましたし、何よりもダイナミックかつ繊細な開腹手術に単純に憧れていた私は、迷うことなく研修医として京都大学医学部外科学教室に入局しました。今思えばこの時期が一番ハードな時期でした。中でも移植外科では科が立ち上がったばかりの時だった上に、特に小児の肝移植は手術だけでも12時間、さらに術後は移植肝の血流が悪いと再手術ということもあって、緊張感が強く細心の術後管理が必要でした。その忙しさは尋常ではなく土日も昼夜もなし、下宿はすぐ近くなのに連日の病院泊まりでした。学生時代、体力には自信があったのですが、社会人としての持久力は別のものだと痛感しました。このように最初に厳しく鍛えられたのは、後々とても良かったと思います。

―以後、勤務医師として働いたことで得たものはどんなことですか?

市中病院の勤務、なかでも和歌山日赤医療センターの時は、県最大の病院で県下全域から患者さんが集まるので、本当にさまざまな手術症例を体験できた充実した日々でした。術前術後管理では多くの内科疾患を経験し、腹部エコーや胃・大腸カメラなどさまざまな検査手技も学びました。大学院では膵臓再生をテーマに研究しましたが、その過程で「考え尽くす」ということを学びました。それ以外は当直アルバイトの生活でした。救急の現場には自分以外に医師はおらず、さまざまな疾患を何とか診なければなりません。当院では、専門の医療機関と連携しながらも、まずはなんでも気軽に相談に乗るジェネラリスト、いわばよろず屋として総合的に対応していますが、このような一つ一つの経験が今に生きていると思います。

―開業に至る経緯はどのようなものでしたか?

久原医院も当初はアルバイト先の一つでした。私のわんぱく小僧だったころを知っておられる当院歴50年の患者さんの前では、最初は気恥ずかしかったですね(笑)。1年間ほど勤務したところで先代が体調を崩され、決断を迫られました。都会のように多くの患者さんが次々と出入りするわけではありませんが、当院の待合室ではおじいちゃんおばあちゃんから小さいお子さんまで、時には一緒になってワイワイ盛り上がっています。こんな古き良き時代が残る小さな診療所の「村医者」として、私どもを頼ってくださる患者さんたちのために尽くしていくことが、これからの自分の使命だと感じて、医院を引き継ぐことに決めました。

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