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坪井 声示 先生、坂本 恵美 先生の独自取材記事

坪井整形外科・眼科

(名古屋市南区/本星崎駅)

最終更新日:2020/06/12

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本星崎駅西側の住宅地を抜けた場所に「坪井整形外科・眼科」はある。入り組んだ細い路地が多く、代々農家だった家や古い神社が残る地区だ。国道1号線からは一本裏へ入った細い通りに立つこの診療所は、1966年に開院した。「50年たっても景色が変わらないですね」と話すのは、子どもの頃から開業医である父親の姿を目の当たりにしてきた長男の坪井声示先生と次女の坂本恵美先生。今年6月からは、父親が実践してきた地域医療を継承しようと家族で協力し、新体制で診療している。整形外科を坪井先生が、眼科を坂本先生が担当しているが、両先生ともに共通するのが、父親譲りという面倒見の良さ。「地域の人たちが何でも相談できる診療所」を理想に掲げる2人に、診療所の歴史とこれからの展望を聞いた。
(取材日2019年9月30日)

地域医療に尽くし、長年頼りにされてきた診療所

建物は新しいですが、開業して50年以上になるそうですね。貴院の歴史を教えてください。

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【坪井先生】当院は私の父が1966年に3階建ての有床病院として開院しました。手術もしていましたし、地域の病院として、整形外科といえども風邪や皮膚疾患など、幅広い症状に対応していました。結婚前に小児科の医師であった母も父を手伝っており、夫婦二人三脚で地域医療に尽くしていたのだと思います。
【坂本先生】私が子どもの頃には、交通事故に遭われた患者さんが手術室へと運ばれていく光景をよく目にしました。救急医療から地域の患者さんのちょっとした悩みまで、改めて父はよく対応していたなと思います。

建物はいつ頃、建て替えられたのですか?

【坂本先生】私が大学生の頃には入院施設をなくし、外来診療と日帰り手術になりました。私たち兄妹も医療従事者ではありましたが、それぞれの道を歩みつつあったので、父の年齢的なことも考慮しての判断だったと思います。建物は老朽化していたので、6年前に建て替えました。
【坪井先生】私は静岡厚生病院に勤務していますので、土曜日だけ父の診療を手伝っていましたが、父が80歳を過ぎた頃から高知県に住む妹と、医師である妹の夫も診療に加わり、火曜日の診療を手伝っていました。そんな状態が2年ほど続き、今後の診療体制をどうすべきかを話し合った結果、家族で力を合わせてこの診療所を維持していくことになりました。今年の6月からは、午前のみの診療ですが、私と大学病院の医師が交代で整形外科の診療にあたっています。

ご家族で力を合わせて診療所を維持されてきたのですね。

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【坂本先生】私は眼科の医師ですので、新たに眼科も標榜し対応できるようになりましたし、薬剤師の長女が院内で調剤を担当しています。
【坪井先生】私たちは、子どもの頃から両親が地域医療に貢献している姿を見てきましたし、祖父も小学校の校長だったので、地域のために尽力していたことを知っています。病院を建て替えなければならないとなったときに、閉院も考えたのですが、父の気持ちの中には「この診療所がなくなったら地域の患者さんが困ってしまう」という思いがありました。なんとか続けていきたいという父の気持ちも尊重して、3人で力を合わせこの地域に診療所を残していこうと決めました。

父のような気軽に相談できるかかりつけ医をめざす

坪井先生はリウマチ疾患が専門だということですが、これまでの経験がどう生かされていますか?

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【坪井先生】リウマチ疾患というのは、全身に症状が現れる病気ですので、父が行ってきたような全身を診る医療ということにも近く、自分自身に合っているように感じました。例えば、リウマチで腰が痛くなったり、便秘になったりすることがありますし、肺炎もリウマチによくある症状なのですが、そうなれば整形外科の医師であっても肺炎の治療をしなくてはいけません。私も若い頃は整形外科の手術もたくさんしましたが、今は整形内科的な医療が中心になってきていますので、これまでの経験を生かして幅広い診療ができたらいいなと思っています。

患者さんの層は、病院だった時代とは変化していますか?

【坂本先生】病院の時代には、交通事故やけがの手術も多く手がけ、父の専門の斜頸のお子さんが全国から来られていました。診療所になってからは、外来を中心として、地域に住む高齢者など、父をかかりつけ医として慕ってくださる患者さんが多くなったようです。この地域は、代々古くから住まわれている方が多い住宅地域です。アカデミックな話ではないのですが、ある患者さんが夜中に腰が痛くなって眠れなくなり、父の病院の方角に向かって拝んだら痛みが和らいだという話を聞いたことがあります(笑) 。私はそれを聞いて、父と患者さんの間にはそう思わせてしまうほどの信頼関係があったのかなと思いましたね。人とコミュニケーションが減った現代で、そこまでの信頼を患者さんと築いた父を同じ医師として、私は尊敬します。

地域のかかりつけ医として、お父さまは患者さんから頼りにされていたのですね。

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【坪井先生】今は、医療も分野が細かく分かれ、どんな症状でも診るという診療所が少なくなってきている時代だと感じます。私は、自分で言うのも変ですが、専門性を深め、それなりの研鑽を積んできました。ですが父の診療所を手伝ううちに、そういった気軽に相談できる場を求める人もいることに気づき、それならば専門性をアピールするだけでなく父のような医療も続けていくべきだと思い至りました。ある意味、父に教えてもらったと思います。私は、実際はそんなに優しくないですが(笑)、見かけは優しく見えるようで、今働いている病院で患者さんに相談されることも多く、そういった面は私も妹も父親譲りなのかなと思います。

家族で力を合わせ、互いのスキルを生かした診療をする

坂本先生はこれまでの経験をどう生かしていきたいと考えていらっしゃいますか?

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【坂本先生】私の医師としての始まりは、緑内障や弱視、斜視専門の外来でした。結婚を機に高知県に転居し、高知大学大学院でも学ばせていただきました。緑内障は、40歳以上の成人の20人に1人の頻度で潜在する病気といわれています。無症状で進行することも多く、早期発見・早期治療することが重要です。このように目の健診の意識についても地域の窓口として広めていけたらと思います。

新体制になって間もない時期ですが、今後はどのような診療所にしていきたいですか?

【坪井先生】地域医療の末端としてこの診療所を再建できたらいいなと思います。手術をするような規模にするつもりはないのですが、手術をしなければならない状況ならば、専門性のある病院にきちんと患者さんを導けるようにしたいですね。医療の横のつながりも大切にしながら、地域のかかりつけ医として相談窓口になりたいです。今後は、スタッフが充実できれば午後の診療も立ち上げたいですし、整形外科の医師としては、骨が変形する前の運動療法など予防医学的なこともできたらと考えています。
【坂本先生】リウマチによる合併症として目に症状が現れるケースもあり、2つの診療科が連携することで利便性も上げていけると思います。今後は、患者さんから自発的に相談に来ていただき、応えるスタッフも能動的に動ける、そんな医療をめざしたいですね。

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

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【坪井先生】私も妹も、家庭医療を実践していた父の影響を大きく受けています。父は往診もしていましたので、栄養面から専門外の疾患まで患者さんからいろんな相談を受けていました。内科の病気で他院にかかっているのに、父の意見を聞きに来られる患者さんもいらっしゃって、そんな患者さんとの信頼関係を、私たち兄妹も築いていきたいと思っています。例えば、他院で手術しなければならないと言われた場合、セカンドオピニオンという形では気後れするけれど、もう少し話が聞きたいということもあるでしょう。なじみの医師に相談するという気持ちで、遠慮なく来ていただければと思います。
【坂本先生】緑内障やリウマチなどの専門性を出すだけではなく、患者さんのさまざまな声に耳を傾け、それを自分たちの持つスキルで対応していけたらいいなと思っています。ぜひ、気軽に相談できる診療所として利用してください。

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