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北小岩胃腸科クリニック

北小岩胃腸科クリニック

猪又 雄一院長

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下町風情が息づく江戸川区・小岩の中でもさらにのどかな趣きをたたえる、北小岩。そこで開業する「北小岩胃腸科クリニック」を訪ねた。院長は、この小岩で生まれ育ち、大学附属病院やその関連病院・診療所で診察にあたってきた猪又雄一先生。看板に掲げる消化器系統だけではなく、開業医ならではの特性を生かし、生活習慣病や肛門疾患などさまざまな病気に対応するほか、介護施設との連携も図り、施設内での診療も行っている。地域医療にかける思いを猪又先生に語ってもらった。
(取材日2015年2月12日)

内科・外科あらゆる診察の目を養った勤務医時代

―先生は小岩ご出身だそうですね。

小岩で生まれ、幼少時代には市川市に引っ越しましたが、小学校、中学校は小岩に通っていました。当時は善養寺で缶蹴りをしたり、江戸川の土手でカニを捕ったり、ハゼ釣りをしたり、野球をやったりしていましたね。そんな子ども時代を過ごした私が医師を志したのは、大学受験に失敗した時。「来年は医学部を受けてみよう」と思い立ったのです。もともと社会に役立つ仕事だと漠然と思っていましたが、さまざまな職業の中でどうして医師なのかというと、1つは私の「雄一」という名前を、母方の親戚筋にいた医師の方がつけてくれた、ということ。折にふれ「あなたの名前はお医者さんがつけてくれたのよ」と母に言われて育ちました。今思えば無意識に擦り込まれていたのかもしれません。また、中学時代の同級生が現役で医科系の大学に進んだということも影響しています。彼が医学部に行ったのなら、私も、といった感じでしょうか。

―大学はどちらに進まれたのでしょうか。

その同級生が先に入学していた富山医科薬科大学、現在の富山大学です。学年が上がるにつれ、この仕事は患者さんの命を預かる重要な職業、中途半端なことは絶対にできないという思いが実感として湧いてきました。卒業後、大学病院の内科研修医となり、入院患者さんを受け持った時、さらにその気持ちを強くしましたね。最初に受け持った患者さんは高齢の男性だったのですが、診察に来ないと「まだあいつは来ないのか」とおなかをいつも出して待ってくれていました。1日3回は診ていたはずなんですが、いずれにしてもキャリアの少ない私を頼ってくれていたことがうれしく、その気持ちに応えなければ、と思うようになりました。末期の肝硬変を患っていたその方は残念ながらお亡くなりになりましたが、そんなさまざまな患者さんとの出逢いによって医師としての自覚が芽生えてきたように思います。

―医師2年目で、東京慈恵会医科大学附属病院に移られたのですね。

次第に外科も学びたいと考えるようになり、東京に戻ってきたのです。東京慈恵会医科大学附属青戸病院の外科で10年ほど勤務した後、続いて板橋区成増にある安田病院に約1年お世話になりました。大規模病院とは違う柔軟さがあり、その頃開業を意識していた私としては大いに勉強になりましたね。また私の性格からきているのもしれませんが、1つのことを深く極めるというより、どちらかというと幅広いことを身につけたいと思いました。その後、私の地元であるこの町で「吉田外科胃腸科」を開業していた吉田完先生が引退されるという話を聞き、そのまま引き継ぐことになり、新たに「北小岩胃腸科クリニック」として出発することになりました。ただ院内は前身の医院の雰囲気を大事に残してあります。



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