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佐藤歯科

佐藤歯科

佐藤 一人 院長

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京王線の国領駅から徒歩5分、「佐藤歯科」は閑静な住宅街にたたずむ一軒家だ。大学病院で20年以上のキャリアを積んだ佐藤一人院長による開院から15年。知識や経験も豊富なベテラン院長だが、何より人間性を慕って前職・前々職から通い続ける患者は多い。クラシック音楽が流れる院内にはバリアフリーなど随所にこまやかな気配りが感じられ、その優しい人柄がにじみでる。大学病院で車いすや寝たきりの患者と多く関わったことから障害者への治療にも力を入れており、往診や施設への訪問診療も積極的に行っている。また、日々のできごとや大学病院の思い出、趣味の話などを記しているというウェブサイト上のエッセイについても聞いてみた。
(取材日2015年4月28日)

臨床と研究を続け、幅広い知識と経験を身につけた

―歯科医師になられた経緯をお聞かせください。

医療の道を選んだのは、父がこの場所で耳鼻科を開いていたということが大きいですね。中学の時に遊んでいて前歯を折った経験から、歯科に対する興味が湧き、歯科医師を志すようになりました。子どもの頃からモノづくり、特に自転車が好きで、自分で自転車を組み立てていたという経験もある意味では要因の一つかもしれませんね。高校卒業後は岩手医科大学の歯学部に進みました。地方の小さい街だったためか同級生同士の交流が盛んで、面白い仲間がたくさんできて楽しかったですね。当時の仲間は北海道から沖縄まで全国にいるのですが、今でも交流があるんですよ。

―勤務医のご経験も長いのですね。

1976年に岩手医科大学を卒業し、慶應大学に就職しました。慶應高校出身ですので愛着がありました。慶應大学はユニークな先生が多くて、さまざまな経験を積むことができました。また、銀行内の診療所でアルバイトをしていたのですが、そこには他の大学からも医師が来ていました。大学によって考え方などが大きく違うので、一つのところにずっといると考え方が偏ってしまうこともあるので、視野が広がりとてもよかったと思います。慶応大学に7年ほど勤めた後、1983年に東海大学に転勤をしました。

―東海大学では臨床の傍ら、医学博士号を取得されたそうですね。

慶應大学時代、慕っていた先生が細菌の研究をしていたんです。「DNAは棒で絡め採るんだ」なんて言うので、嘘だろと思って見に行きました。そうしたら、本当に長い鎖を絡め取っていたので驚き、面白いなと思って、自分も研究を始めたのです。その後、東海大学に移ってから、緑膿菌の研究で世界的に知られる中江太治先生に出会ったんです。中江先生は北里大のご出身で、ハーバードやUCLAを経て東海大に引っ張られて来た方。世界を相手に論文を発表して、おかしいと突き上げられても自分で研究や考察を重ねて自論を証明していく姿勢に惹かれました。中江先生のもとでアシネトバクターという細菌を研究し、臨床をしながらのため時間がかかってしまったのですが、10年間かけて1993年に医学博士号を取りました。



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