クリニックF

藤本幸弘 院長

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世界最先端のレーザー治療を研究し診療に生かす

―子ども時代のことや、医師を志したきっかけを教えて下さい。

生まれたのは神奈川県の鎌倉市です。父は学者で現在も大学で勤務しています。母は専業主婦でしたが、母方の祖父は皮膚科医で、親戚を辿ると医師や理系の研究者が多いようです。私自身も幼少の頃から光学顕微鏡のミクロの世界や工学の世界、電子機器の世界に魅了され、将来は理系の研究職につきたいと夢を抱いていました。その一方で世界を舞台に活躍する外交官にも憧れていましたので、大学進学時には文系と理系どちらに進むか決断しきれなかったところがあります。結局受験のときには一度文系に舵を切り、慶應義塾大学経済学部に進学したのですが、入学間もなく自主退学し、医学部に入りなおしました。日本におけるペインクリニシャン(疼痛を主訴とする疾患の診療)の先駆者であった祖父の意思を継ごうと思ったのです。結果、信州大学医学部に再入学し、痛みの治療を専門とする麻酔科の医師を志しました。

―どのようにしてレーザー医療と出会ったのですか?

大学卒業後、研修医として勤務した東京大学医学部附属病院の痛み治療外来で、光学機器のレーザー LLLT(Low Level Laser Treatment)を使用する痛みの治療法を知ったことがレーザーとの出会いでした。夢であった工学の世界と、仕事として選んだ医学の世界の接点をここで見出し、レーザー機器そして光学治療器を扱う医師になることを決意しました。レーザー医療の8割は形成外科皮膚科領域で開発されているため、工学的ハイテクノロジーと生体医学の双方を扱うことの出来るレーザー皮膚科に転科しました。その後、東京大学大学院医学系研究科博士課程にて「皮膚の免疫細胞を司る細胞(マストセル)の研究」で医学博士号を取得しました。大学院在学中にも3つのレーザークリニックの設立・経営に携わり、その中で次第にアメリカのような最先端のレーザー皮膚治療を日本でももっと必要とする人がいるはずだと、2007年に当院を開業しました。

―海外の学会にも定期的に出席されていますね。

年に15回ぐらい海外に行きます。「レーザーヴィレッジ」と私は呼んでいますが、レーザー医療の最前線で仕事をするコアな人たちが集まる学会やコンベンションに出席し、論文を発表したりするためです。2004年以降、米国レーザー学会(ASLMS)や、米国皮膚科学会(AAD)、ヨーロッパ皮膚科学会(EADV)にてほぼ毎年演題を発表し、世界のレーザー医学会に新しい治療法を提示・紹介しています。2005年に発表した論文「アジアンスキンの肝斑に対するQスイッチヤグレーザーピーリングとLEDの併用治療法」は、ヨーロッパ・アジア諸国で「フジモト・プロトコール」の名前で広まりました。レーザー医工学関連の国際学会での講演も昨年100回を超えましたので、だいぶ鍛えられたかなと思っています(笑)。

記事更新日:2016/01/24

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