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高仁会・高橋診療所

高仁会・高橋診療所

高橋清輝 院長
頼れるドクター掲載中

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都電荒川線向原駅から徒歩4分。サンシャイン60を望む昔ながらの町に溶け込むように「高仁会・高橋診療所」はある。扉を開けると薬の処方を待つ高齢の患者。奥の診察室から笑顔の高橋清輝院長が現れ、声をかけると、患者の顔が自然にほころぶ。「高仁会・高橋診療所」は、高橋院長の父である先代が1953年にこの地に開業して以来、かかりつけ医として地域の人達の信頼を集めている。特にリウマチに関しては、その知識と腕を頼って地域外からもたくさんの患者が訪れるという。また地域の再開発により子どもから高齢者まで地域住民が医療から取り残されることのないよう、日々真摯に自身の役割を問うている高橋院長に、今とこれからの医療の現場について話を聞いた。
(取材日2014年4月1日)

街は変わってもかかりつけ医としての役割は変わらない

―子どもの頃からこの街の移り変わりを目にして来られました。

生まれてからずっと豊島区の住民です。私が子どもの頃は、今の池袋サンシャインシティ辺りに、巣鴨プリズン(巣鴨拘置所)がありました。その壁に向かってボールを投げて遊んでいましたね。他にあった大きな施設は大蔵省の造幣局くらい。後は小さな家が軒を並べていました。もちろん道路は舗装されていませんでしたし、この診療所の前を都バスが走っていた時期もありました。それが再開発の対象になって、古い家やマンションが取り壊され、以前住んでいた方もずいぶん引っ越して行かれました。実際に当診療所に通われていた患者さんも300人ほど減りました。今来ている患者さんの多くは、私の子どもの頃をご存じですよ。この間も、認知症になってしまったおばあちゃんが「あら、ずいぶん太ったわね」って(笑)。そういえば、今日、テレビのニュースを見ていたら、池袋は東京都の中で3番目に住んでみたい街なのだそうです。新しいマンションやビルがどんどん建設されていますから魅力的になったのでしょう。それでも街がどんなに変わっても、かかりつけ医としての役割は変わらないと思っています。

―大学を卒業されてからこの診療所の院長になられるまでのご経験を教えていただけますか?

大学卒業後、しばらく大学に残って勉強しましたが、その後、アメリカのハーバード大学ににリサーチフェローとして留学、コラーゲンの石灰化をテーマに研究をしていました。大学はボストンにあったので、実験を終えると研究所の近くにあるフェンウェイ・パークスタジアムに出かけて、レッドソックスの試合を観戦していました。まだ、松坂も上原もいませんでしたけれども(笑)。3年研究を続けて帰国しました。大学に籍はありましたが、臨床も必要だと、人工関節の症例数が多い千葉県の北習志野花輪病院、越谷市立病院、そして台東区の浅草病院に勤務し、父が倒れたのをきっかけにこちらに戻って来ました。

―実際にどんな主訴の患者さんが多いのでしょうか?

整形外科で痛みを訴える方や一般内科、高血圧や糖尿病などの生活習慣病などさまざまな患者さんがいらっしゃいますが、中でもリウマチの患者さんが多いことが特徴だと思います。リウマチは一般的に女性の方が多いといわれていますが、なぜが当診療所には男性の患者さんが多いのです。リウマチ学会、リウマチ財団、整形外科学会の専門医、登録医、認定医のすべてを取得していて研修を受け続けています。生物学的製剤を使った治療を実際に開業医として行っている医師は非常に少ないのが現状ですが、当診療所では行っているため、他の病院、医師からリウマチの患者さんを紹介されるケースが多いのです。また最近は糖尿病の患者さんも増えています。今、日本の人口の中で、糖尿病は実際の患者さんは900万人、予備軍まで入れると2200万人と言われていますから。来院される方が増えるのは当然だと思います。糖尿病は生活習慣との闘いです。いくらよい治療をしてもなかなか良くならない方もいますし、もう治りましたねと言えるような疾患でもありません。当診療所に来てくださっている糖尿病の患者さんがよくなるようにインスリンの導入を含めて、かかりつけ医としての役目を果たそうと私も一生懸命です。



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