平塚胃腸病院

平塚 卓院長

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池袋駅西口から徒歩5分、駅前の喧騒とは少し離れた場所に、内視鏡による消化器疾患の診断と治療で有名な平塚胃腸病院がある。1958年の開設以来、消化器専門病院として多くの人たちを胃や大腸の病気から救ってきたことに加え、世の中に先駆けて人間ドック・健診専門施設を開設し、病気の予防と早期発見に努めてきた病院である。現在、院長を務める平塚卓先生は、父親が開設した病院を引き継ぎ、消化器疾患の治療にまい進してきた。「これから先も長く、地域をはじめとした皆さんの健康を見守っていきたい」と語る平塚院長に、病院の歴史や特徴について話を聞いた。
(取材日2016年4月5日)

国内で早くに内視鏡を導入した病院

―こちらの病院の成り立ちを教えてください。

1958年に私の父が、ここに夜間開業をしたのが始まりです。当時父は、東京厚生年金病院の外科に勤務をしながら、夜間だけここで診療をしていたんです。最初は外科だけで少しずつ大きくしていったのですが、1962年の12月に火災にあってほぼ全焼してしまい、それまでの資料などは全部なくなってしまったんです。それからいろいろな方に協力いただいて、翌年の3月に再開することができました。そして、その4月に大阪で行われた日本医学総会に両親で参加し、父は研究会で当時まだはしりだった内視鏡に出会ったのです。そこで内視鏡の最先端を行く先生の話を聞いて、これからは内視鏡の時代だと思い、その先生のところに押しかけて教えを請うたんですね。当院では当時、虎ノ門病院についで早く内視鏡を購入したんですよ。

―先進的な病院だったのですね。

日本に数台しかない内視鏡があるということで、たくさんの先生方がここへ来て、勉強をして研究をして学会発表をしたりすることで、消化器と内視鏡の専門病院としてだんだん大きくなっていきました。そのうちに父は外科の診療は他の先生にまかせて、消化器の診療をするようになりました。便秘の治療や、今でいう過敏性腸症候群の治療など広く診療をするようになって、学会などでも発表するようになって、結構知られるようになったのです。昔は病院の規模も今よりだいぶ大きく、手術もたくさん行っていましたし、ベッドも150床くらいありました。また1972年からは、こちらも当時は、まだはしりだった人間ドックも始めました。今はうちの医療法人付属の人間ドックと健診施設が池袋と新宿で3つあります。

―手術や病床数が減ったのには、どのような理由があるのですか?

今は手術数が減って、ベッドもだいぶ減って40床です。これも時代の流れで、例えば胃潰瘍や十二指腸潰瘍は、今は投薬で治りますが昔は手術をしなくては治らないこともあり、入院して手術をしていたのです。それにピロリ菌が胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの原因であるということがわかり、ある程度の予防ができるようになったので、胃・十二指腸潰瘍の患者さんも少なくなって、入院する必要のある患者さんが減ってきたのです。さらに技術的な進歩もあります。今は早期胃がんや早期大腸がんは、内視鏡や、おなかを大きくあけずに腹腔鏡で治療ができますから、入院しても長くて10日間、短ければ3日間程度で退院できますので、そこまで多くの入院施設は必要なくなったのです。



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