はやしクリニック

はやしクリニック

林 永信 院長

頼れるドクター

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幼い頃から大井町で育ち、将来を見据えて呼吸器の医師に

―小さい頃はどんなお子さんでしたか?

優しくて大人しい子だったと思います。僕の子ども時代の大井町は原っぱだらけで、駄菓子屋さんもあり、子どもが遊ぶ場所には事欠きませんでした。虫を採ったり、かくれんぼをしたり。兄弟や友だちと、ベーゴマやメンコをして遊んだものです。町はすっかり変わりましたが、当時から暮らしているご家族もまだたくさんいらっしゃいます。僕の小さい頃を知っている患者さんに昔のことを言われると、どうにも頭が上がりませんね(笑)。かわいがってもらって感謝しています。

―医師を目指したのは、お父様の影響ですか?

そうですね。門前の小僧ではありませんが、兄弟そろって自然と医師になりました。僕は子どもの頃、よく父の診療室で遊んでいましたし、消毒の匂いも嫌だと思ったことがありませんでした。父は僕が中学の時に亡くなったので、医師になるための相談などはできなかったのですが。呼吸器を専門に選んだ理由は、将来重要になる診療科だと思ったからです。昭和47年当時、厚生白書で国民の病気の動態を見たところ、胃がんが圧倒的に多かったんです。肺がんはその5分の1くらいでした。でも、増加曲線が急激に上がっていて、20年後には逆転しそうな勢いだったんです。それを見て、「今呼吸器を選んでおけば、自分が医師として働き盛りになったときに、患者さんの助けになれるのではないか」と考えたんですよ。

―医師になられた頃の思い出で印象深いことはありますか?

現在は、心臓外科、消化器外科、呼吸器外科などと臓器別に分かれていますが、僕の時代は、外科は何でもやらされたんです。呼吸器が専門の僕も、ほかの手術をずいぶん経験しました。あれは僕が入局して10日目くらいのこと。親戚のおばさんが盲腸になったんですよ。それで、僕が勤めている病院を受診し、なんと、僕が手術を執刀することになったんです。経験もまだ少ないし、自分のおばさんだし、おっかなびっくりの手術になってしまいました。先輩に手伝って貰って特に問題なく終わったのですが、おばさんには「あなたにやってもらうなんて、心配だった」と言われました。当然ですよね(笑)。

―印象に残っている患者さんはいらっしゃいますか?

これまで肺がん治療を多く手がけてきましたので、やはり、治療に手を尽くしても亡くなられる方が多いんです。僕にとっては、助けた方よりも亡くなっていった方のほうが印象に残っています。患者さんというより、人間として見てしまうほうなので。人間は必ず死にますが、それがいつかはわからないわけです。それがわかったときに、残った命、どう身をふるのか、どう過ごすのかということを、患者さんを見ていて、考えさせられるんです。亡くなる前に仕事の整理をしていく情熱や、残していく家族に対する愛情など、生き方をずいぶん勉強させてもらいました。どなたも忘れられない患者さんです。



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