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工藤麻里 院長の独自取材記事

おおたけ眼科

(目黒区/自由が丘駅)

最終更新日:2019/08/28

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大丸ピーコック自由が丘店内という便利な場所にある「おおたけ眼科」。スーパー内施設ということで駐車場から続くスロープもあり、車椅子やベビーカーで来院する患者にも喜ばれている。自宅で歯科医院をしていた母の背中を見て育ったという院長の工藤麻里先生。今度は自身が一人の母として心温まる医療をしていきたいと、生まれ育った地元に昨年開業した。取材では大学病院時代に影響を受けた先輩のこと、開業して始めた往診や小児治療の話などのお話しを伺った。患者の話をする際の工藤先生の表情がとても柔らかく、地元を愛する気持ちが感じられたインタビューとなった。(取材日2010年12月8日)

祖母の失明がきっかけで眼科医を目指すように

先生はここ自由が丘が地元だそうですね。

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そうなんです。もともと生まれ育った自由が丘で、地域に密着した医療をやっていきたいという夢を持っていました。また開業前から車椅子やベビーカーでいらっしゃる患者さんが来やすいクリニックを作りたいと思っていたのでこの場所はまさにぴったりでした。スーパー内施設ということで全面バリアフリー。駐車場やエレベーターなどの設備がすでに揃っていたのでここに決めたんです。駐車場にもスロープが設置されているので、車椅子やベビーカーを持ったお母さん方にも喜ばれているんですよ。

開院されて1年。この町の患者さんの印象はいかがですか?


この町に住んでいらっしゃる方はインテリジェンスの高い方が多いですね。医療に対する興味や関心が高い分、こちらに要求されることもハイレベルです。すでに患者さんがご存知だという情報も多く、逆に私のほうが勉強させられることもあります。ですからしっかりした説明ができるよう、日々最新情報を取り入れるように心がけています。地域性によって患者さんの要求がまったく違いますので、大学病院時代いろんな地域でやってきた経験が生かされているかなと思います。また今はインターネットなどで情報が氾濫していますよね。だからこそ迷われる患者さんも多いと思うんですね。なるべく偏った意見ではなく、私が持っている知識のなかで出来る限り多くの選択肢をご用意するようにしていますね。

小さい頃はどんなお子さんでしたか?


このクリニックの近所にある区立小学校に通っていて、まわりに友達がたくさんいました。いつも外で遊びまわる元気な子どもだったと思います。友達と自転車に乗って公園をいくつも回って遊んでいました。両親は勉強しろ、勉強しろというタイプではなかったですね。母が自宅で歯科医院を開業していたので、診療している母の姿を見て育ちました。そういう意味では医療が身近にあったと思います。学校から帰ってくると、ランドセルを診療所の待合室に置いて遊びに出ていましたね。母の仕事が終わるのを診療所で待っていたことも。それが小さい頃の日常でした。今でも印象に残っているのは、母が患者さんに「ありがとうございます」と言われている姿。そいう母の姿をみて、すごいなあ、頑張っているなあというのをすごく感じていました。母は今でも自宅で開業しているんですよ。同じ医療に従事する先輩として尊敬していますね。

眼科医になろうと思ったのはどうしてですか?

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きっかけは祖母の失明でした。私が小学生の時だったと思います。両親が共働きだったので、私はおばあちゃん子だったんですね。いつも祖母と一緒に大学病院の眼科に通うという生活を長くしていました。祖母は70歳前で片目ずつ失明していきました。そこからでしょうか。自然と眼科に興味を持つようになり、早い段階で眼科医を目指すようになりました。でも実際に眼科の世界に入って感じたことは、失明を免れない病気が想像以上に存在するということでした。治療技術が進歩して毎年違う治療法も出てきてはいるものの、それでも失明してしまう方が後を絶ちません。眼科医になる前は、劇的に失明から救えるケースがたくさんあると思っていただけに、そこは大きなギャップでした。同時に眼科医としてのもどかしさを感じたところでもありますね。

人生を賭け海外へ出た行動力ある先輩。その影響を受け開業へ

ご専門についてお聞かせ下さい。

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大学病院では緑内障班に所属して、研究・臨床に携わっていました。学内には緑内障の権威といわれる先生方も多く、その先生方の元で一から緑内障について学ばせていただきました。緑内障は自覚症状が出てきた頃には失明に近い状態という恐ろしい病気です。自覚症状に乏しく、発見が遅れてしまうことが多いんです。でも逆に発見が早くできれば、失明してしまう方々を救えるのではないか。そこに希望を感じて、これなら私にも力になれることがあるのではと緑内障を専門に選んだんです。現在40歳以上では5人に1人が緑内障といわれています。発見されていない潜在患者数も入れるともっといることになりますから、ほんとに多い病気ですよね。だからこそ検査を積極的に受けていただきたいと思います。人間ドックでの眼科検診は視力や眼圧など簡単な検査しかありません。正常眼圧緑内障といって眼圧が正常でも緑内障になっていることもあります。どうしても内臓など臓器ばかりに気がいってしまいますが、年齢とともに眼の自己管理もして欲しいなと思います。

大学病院時代の思い出、どんなことがありますか?


どこの科でも同じだと思いますが、とくに眼科は夜間の当直担当者が少なくまず家に帰れませんでした。眼科の救急医療はほとんどが大学病院での対応になんです。事故でけがをした、酔っ払って転んだ、けんかして殴られたといった患者さんが数多く運ばれてきました。そこで数多くの眼の疾患を診る経験が積めたと思います。当直がある日は子どもを抱えて保育園に預けに行ってたんですよ。当直と子育ての両立が大変だった思い出がありますね。医師としての自覚が芽生えたのは3年目の頃でしょうか。初めて主治医になってすごく責任重大な感じがしました。自分の責任でなにもかもが行われていくので、一つひとつ思慮深く、慎重になった気がします。主治医とはいえ医師になってたった3年目。任せてもらえるうれしさがある半面、悩みや葛藤があってすごく苦しい時期でもあったかなあと思います。でもまわりに先輩や同期の仲間もたくさんいたし、とにかく自分で抱え込まないよう、相談して前に進んでいくことが多かったですね。そうした人間関係には救われていたと思います。

そのなかで印象に残っている方はいらっしゃいますか?

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大学病院を辞めてインドにボランティアに行ってしまった先輩ですね。すごく豪快な方で、医局内でも変わり者といえば変わり者でした(笑)。ゆるぎない強い信念を持っていて、自分が正しいと思えば偉い先生にも平気で楯突く。そんな先輩でした。そして自分の人生を賭けて海外まで行ってしまいました。今はテントのなかで町の方々の白内障の手術などをしていると聞いています。当時からすごいなあと思っていましたが、今でも一番尊敬している先輩ですね。実は開業したのはこの先輩の影響もあるんです。それまでは大きな病院で勤務医をしていくのもひとつの道かなと思っていたのですが、先輩の行動を見て、「じゃあ自分にできることって何だろう」と考えるようになったんです。

地域の人に愛されながら、一人の母として心温まる医療を実践したい

それが開業のきっかけにつながったんですね。

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先輩とはレベルが違うのですが、自分はやっぱり地域に貢献できる医療がしたい、その気持ちが明確になりました。この地域は眼科が少ないということもあったので、少しでもお役に立ちたいと思ったんです。また開業してみて、診療所まで通ってこられない患者さんがたくさんおられることを実感しました。開業医で往診している眼科は少ないのですが、困っておられる患者さんからのニーズを受ける形で往診を始めるようになりました。診療前や昼休みに一人で自転車を飛ばして、個人のお宅を訪問しています。「目薬ひとつですごく快適になった」「テレビが見られるようになって毎日が楽しい」、そんな風におっしゃってくださる患者さんがたくさんいるんです。こうした患者さんからの声を聞くと往診の大変さも吹き飛びますね。やってみて良かったと思います。これまで眼科の往診があることを知らなかった人が多かったのですが、今では口コミが広まって患者さんからの依頼が増えています。そういう意味では少しずつですが、自分のやりたかった医療を実現していけているのかなと思っています。「やりたいと思ったことには挑戦する」という、インドに行った先輩の教えが今も自分のなかに残っていると思います。

このクリニックならではの治療法などありますでしょうか?


オルソケラトロジーという角膜矯正法を取り入れています。大学病院などで取り入れているところはありますが、開業医レベルではまだ珍しいと思います。これは夜寝るときに特殊なコンタクトレンズを付けて、朝取り外すだけで視力が回復するという画期的な近視矯正法です。今の時代はとくにサッカーやフィギアスケート、バレエなどスポーツを熱心にやっているお子さんが多いので、そうしたお子さんがオルソケラトロジーを選択しています。まためがね眼鏡が嫌で沈みがちだったお子さんが、日中裸眼で過ごせるようになってすごく明るくなったという喜びの声を聞くことも多いんですよ。強度近視やひどい乱視の方など、オルソケラトロジーが向かないという方もいらっしゃいますが、安全性も高いので患者さんに一つの選択肢としてご提案しています。

最後に診療で一番大切にされていること、今後の夢についてお聞かせ下さい。

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眼の疾患を抱える患者さんは小さなことでも悩んでいる方もいらっしゃるので、なるべくその方の気持ちをわかってあげられるようにしたいなあと思っています。眼科医になりたての頃、教授に「眼だけじゃなく、その人を診ろ」と言われたことがありました。その言葉を忘れないよう、いつも心に留めながら診療にあたっていきたいですね。夢は母がやってきたように、このおおたけ眼科が地域に根づいていくこと。おばあちゃんからお孫さんまで、家族みんなでかかってもらえるような眼科でありたいと思います。地域の人に愛されながら、一人の母親として心温まる医療を実践していければと思っています。

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