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おおたけ眼科

おおたけ眼科

工藤麻里 院長

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大丸ピーコック自由が丘店内という便利な場所にある「おおたけ眼科」。スーパー内施設ということで駐車場から続くスロープもあり、車椅子やベビーカーで来院する患者にも喜ばれている。自宅で歯科医院をしていた母の背中を見て育ったという院長の工藤麻里先生。今度は自身が一人の母として心温まる医療をしていきたいと、生まれ育った地元に昨年開業した。取材では大学病院時代に影響を受けた先輩のこと、開業して始めた往診や小児治療の話などのお話しを伺った。患者の話をする際の工藤先生の表情がとても柔らかく、地元を愛する気持ちが感じられたインタビューとなった。(取材日2010年12月8日)

祖母の失明がきっかけで眼科医を目指すように

―先生はここ自由が丘が地元だそうですね。


そうなんです。もともと生まれ育った自由が丘で、地域に密着した医療をやっていきたいという夢を持っていました。また開業前から車椅子やベビーカーでいらっしゃる患者さんが来やすいクリニックを作りたいと思っていたのでこの場所はまさにぴったりでした。スーパー内施設ということで全面バリアフリー。駐車場やエレベーターなどの設備がすでに揃っていたのでここに決めたんです。駐車場にもスロープが設置されているので、車椅子やベビーカーを持ったお母さん方にも喜ばれているんですよ。

―開院されて1年。この町の患者さんの印象はいかがですか?


この町に住んでいらっしゃる方はインテリジェンスの高い方が多いですね。医療に対する興味や関心が高い分、こちらに要求されることもハイレベルです。すでに患者さんがご存知だという情報も多く、逆に私のほうが勉強させられることもあります。ですからしっかりした説明ができるよう、日々最新情報を取り入れるように心がけています。地域性によって患者さんの要求がまったく違いますので、大学病院時代いろんな地域でやってきた経験が生かされているかなと思います。また今はインターネットなどで情報が氾濫していますよね。だからこそ迷われる患者さんも多いと思うんですね。なるべく偏った意見ではなく、私が持っている知識のなかで出来る限り多くの選択肢をご用意するようにしていますね。

―小さい頃はどんなお子さんでしたか?


このクリニックの近所にある区立小学校に通っていて、まわりに友達がたくさんいました。いつも外で遊びまわる元気な子どもだったと思います。友達と自転車に乗って公園をいくつも回って遊んでいました。両親は勉強しろ、勉強しろというタイプではなかったですね。母が自宅で歯科医院を開業していたので、診療している母の姿を見て育ちました。そういう意味では医療が身近にあったと思います。学校から帰ってくると、ランドセルを診療所の待合室に置いて遊びに出ていましたね。母の仕事が終わるのを診療所で待っていたことも。それが小さい頃の日常でした。今でも印象に残っているのは、母が患者さんに「ありがとうございます」と言われている姿。そいう母の姿をみて、すごいなあ、頑張っているなあというのをすごく感じていました。母は今でも自宅で開業しているんですよ。同じ医療に従事する先輩として尊敬していますね。

―眼科医になろうと思ったのはどうしてですか?


きっかけは祖母の失明でした。私が小学生の時だったと思います。両親が共働きだったので、私はおばあちゃん子だったんですね。いつも祖母と一緒に大学病院の眼科に通うという生活を長くしていました。祖母は70歳前で片目ずつ失明していきました。そこからでしょうか。自然と眼科に興味を持つようになり、早い段階で眼科医を目指すようになりました。でも実際に眼科の世界に入って感じたことは、失明を免れない病気が想像以上に存在するということでした。治療技術が進歩して毎年違う治療法も出てきてはいるものの、それでも失明してしまう方が後を絶ちません。眼科医になる前は、劇的に失明から救えるケースがたくさんあると思っていただけに、そこは大きなギャップでした。同時に眼科医としてのもどかしさを感じたところでもありますね。

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