三ノ輪 紀レディースクリニック

紀 宏志院長

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三ノ輪駅から徒歩1分。駅前の大通りからすぐのところに「三ノ輪 紀レディースクリニック」はある。院長の紀宏志(き・ひろし)先生は、台湾の大学を卒業後、現地で多くの分娩介助に携わり、帰国後は東京大学医学部附属病院産婦人科に入局、開業まで東京大学医学部附属病院や三井記念病院、虎の門病院などで経験を積んできた。同院では、妊婦健診のほか、区のがん検診、不妊症や月経不順の悩みなどに対応し、女性が抱える幅広い心配事に寄り添う。「どんな場所でも自分から心を開くこと」をモットーとしている紀院長に、これまでの経歴や開業の背景、診療に対する思いを聞いた。
(取材日2019年1月11日)

叔父の姿に憧れ、医師の道を志す

―先生が医師をめざしたきっかけを教えてください。

僕の両親は台湾出身で、叔父が産婦人科の医師です。叔父は台湾大学医学部を卒業してすぐに渡米して研鑽を積み、その後は台湾に戻って開業しました。実力もさることながら、とても謙虚な人柄で多くの患者さんに信頼される叔父さんを見て、すごくかっこいいと憧れていて。診療する姿を見るたびに、いつしか自分もそんな医師になりたいと思うようになりました。ちょうど大学受験の時に叔父からアドバイスを受けて、台湾の医科大学に進学することになりました。大学では医学教科書が英語中心で、病院のカルテや検査報告、レポートなども全部英語でしたので、とても勉強になりました。卒業後は、しばらく台湾の病院に勤務してから日本に戻りました。

―外国の病院に勤めていたとは、異色の経歴ですね。

台湾では医学教科書だけでなく、医師の研修制度も米国流だったので、せっかくの機会だからと卒業後もすぐに日本に帰国せず、産婦人科のレジデントになりました。台湾では日本のように助産師が分娩介助するのではなく、医師がメインで行います。インターンで研修した台北馬偕病院やレジデントで研修した台南の病院では、数多くの分娩を担当させていただきました。そうした環境にいたおかげで、しっかりとした分娩技術が身についたと思います。妊婦さんを検査しただけで何時に生まれるかを予想できるほどになりました。そして、日本に戻ってからは東大病院や関連病院で超音波の技術をさらに研鑽し、妊婦健診などで異常が見つかった場合は、患者さんにわかりやすく説明することができているかと思います。

―開業の経緯について教えてください。

この地域で親しまれてきた「こくほクリニック」の院長が引退される前に、各病院の産婦人科医局に開業希望者募集の手紙が送られてきました。それで僕が問い合わせてみたら、トントン拍子に話が進み、更に勤務していたスタッフが残ってくださいましたので、順調に引き継ぐことができました。僕はいつも新しく赴任する病院では、たとえ年下の職員でも何事も教えていただく気持ちで謙虚に物事をとらえるように心がけてきましたので、その姿勢が伝わったのか、スタッフたちとはすぐに打ち解けられました。何かの縁で、同じ職場で出会えたわけですから、みんなで仲良く仕事することに越したことはありません。そんな「アウェーをホームに変える」気持ちが毎日を楽しくしてくれるのだと思います。三ノ輪で開業して間もないですが、毎日がとても楽しいですよ!



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