医療法人社団慶和会 武蔵浦和耳鼻咽喉科

医療法人社団慶和会 武蔵浦和耳鼻咽喉科

宮川 昌久理事長

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武蔵浦和駅から徒歩5分のクリニックモール内にある「武蔵浦和耳鼻咽喉科」は2004年の開院以来、幅広い年齢層・症状の患者の力になってきたクリニック。耳鼻咽喉科という、耳・鼻・のどのプロフェッショナルとしての医療だけでなく、あくまで「患部ではなく人を診る」という患者本位の姿勢を忘れないようにしている。理事長の宮川昌久先生は同院だけでなく、和光市にて20年以上診療してきたエキスパート。現在は武蔵浦和耳鼻咽喉科を含め4つの医院を運営している。「地域の皆さまに信頼され慕われる医院」をめざす宮川先生に、診療への想いを聞いた。
(取材日2015年7月24日)

回り道をしてわかった、人に接することの大切さ

―理事長は、どのようなお子さんだったのでしょう?

どこにでもいる、普通の子どもでした。生まれたのはこの近くの朝霞市というところで、当時は草野球をして遊ぶことが多かったです。医療への関心は、父親が外科の勤務医をしていたことから、割と早い段階で持っていたと思います。高校のときに戦争で顔をケガした人の写真を見て「その辺りを専門に見る医師になりたい」と思ったんです。

―大学で、勉強以外に取り組んでいたことはありますか?

部活ではないのですが、ヨット競技に熱中していましたね。きっかけは、10代の頃に始めたウィンドサーフィン。競技人口が少なかったので、「このまま行けば、五輪出場も夢じゃない」なんて言われましたが、そうなると楽しく乗れなくなってしまいました。逗子に行けば誰かしら仲間がいる。そういうノリが好きでしたし、技自体を突き詰めるつもりはありませんでした。一方、逗子といえばマリーナ。たまたま父親の知り合いを介してヨットに乗せてもらったことがあったのですが、想像以上に面白いかったですね。メンバーの息が合っていないと自然に対抗できない。やはり、モノよりもヒトなんです。今でも、友人ら10人ぐらいでチームを組んで続けています。

―卒業後は、国立がん研究センターに進まれたと伺いましたが?

最初は大学の医局に残ったのですが、いろいろな医院へ派遣されているうちに、がんへの関心が高まってきました。もともと口周りの外科を手がけたかったので、耳鼻咽喉科のなかでも大がかりな手術を伴うこの分野にやりがいが見えてきたんですね。同センターの勤務経験があったおかげで、今でもがんの発見にはお役に立てると思います。コツというより、多くの症例を診ているので。ヨットを長くやってて、その日の天候がある程度感覚でわかるようになってきましたが、同じようなことなのではないでしょうか。専門の医師なら誰でも留意すべき重要なポイントではあるものの、より注意が払えるのではないかと思っています。

記事更新日:2017/10/30


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