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塚田 攻 院長の独自取材記事

彩の国みなみのクリニック

(さいたま市南区/南浦和駅)

最終更新日:2019/11/13

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患者がうれしい時はともに喜び、患者がつらい時はともに悲しむ。涙をこぼすこともある。南浦和駅から徒歩3分の場所で、精神科、心療内科などを標榜する「彩の国みなみのクリニック」の塚田攻(おさむ)院長がめざすのは「患者が本音を話せるクリニック」。自身が病気になったことが医師としての大きな転機と言い、以来、より気持ちを込め、喜怒哀楽を表現しながら診察に向き合うようになったという。専門は性同一性障害の診断と治療で、全国的に名が知られる。「『お大事に』と患者さんと励まし合う関係」と話す塚田院長に、診療への思いや取り組みについて聞いた。
(取材日2018年7月12日)

パーキンソン病罹患を機に自分を見つめ直した

まずはこちらに開院された理由をお聞かせいただけますでしょうか。

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さいたま市南区になじみがあったからです。私は1978年に慶應義塾大学医学部を卒業して同大の精神・神経科学教室に入局したのですが、その翌年から開業するまでずっと埼玉県で診療を続けてきました。中でも、医師になりたての頃に勤めた浦和保養院(現・聖みどり病院)では恩師の高橋進先生に出会うことができ、16年にわたって診療を続けてきましたから、さいたま市南区とは特に縁が深かったのです。患者さんから育ててもらった恩返しがしたいと思っていましたし、長く診ている患者さんたちから「近くで開業してほしい」という声もいただいていたので、2014年にここで開業することとなりました。

現在はどんな患者が来院されているのでしょう。

近くにお住まいの方と遠方からいらっしゃる方の双方がいて、前者はうつ病に悩まれている方が多いのが特徴です。一方で、青森県や山形県、秋田県、岡山県などから来院される方は私の専門である性同一性障害の診断と治療を目的にご相談にみえますね。私はこの分野に進んで関わってきましたので、関心のある方は全国各地から足を運んでくれます。全体的な最近の傾向としては、対人関係の悩みを訴えられる人が増えているように思います。特に会社内で上司との関係がうまくいかない20代30代の患者さんが目立ち、中には社会人になって間もない方も受診されます。

開院して4年がたちますが、先生は今までどんなクリニックをめざして日々の診療を続けてきたのでしょうか。

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患者さんが本音を出せるクリニックでありたいと考えています。患者さんには思っていることを何でも話してもらいたいと前々から思ってはいたのですが、ある出来事からそれが簡単なことではないというのを痛感しました。私が車いすで移動していることなどからご想像は難くないかもしれませんが、私は14年前、パーキンソン病にかかっていることを知りました。パーキンソン病は体に運動障害が起きる難病です。この経験は私にとても大きなインパクトを与えました。

患者と同じ気持ちを感じ取れる医師でありたい

自分が患者になったことで、医師として診療する際にも変化があったということなのでしょうか。

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そうです。自身が患者の立場になったことにより、伝えたい気持ちが本来のものと違う受け取り方をされてしまうことに、とてももどかしさを感じました。患者の思いがいかに医師に伝わらないかを身をもって知り、自分も医師として患者さんにこんなつらい思いをさせていたのだろうかと考えたのです。個人的には患者さんに共感を示し、患者さんと近い距離で診療ができているのではないかと思ってはいたのですが、とてもとても足りるものではなかった。患者さんを理解した気になっていたのです。それからは一層、患者さんの感情に焦点を合わせて、同じような気持ちを感じ取れる医師でありたいと思うようになりました。

具体的な接し方としてはどう変わっていったのでしょう。

患者さんがうれしい時は自分も笑ってうれしがる。患者さんが悲しい時は自分も悲嘆に暮れる。以前に比べてより気持ちを込め、より表情や口調に喜怒哀楽を表現するようになったかと思います。今では患者さんがつらい時に自分のつらい思いも強くなり、自然と涙ぐむこともあります。もちろん、医師として診断を誤らないことは大切ですから、診断をして治療方針を立案するまでは自分の中に医師としての客観性を保たせます。その上で、患者さんに寄り添う診療を行っていきたいと考えています。

ご専門である性同一性障害の診断と治療に関してはどんなふうにキャリアを重ねてきたのでしょう。

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恩師の高橋進先生が性同一性障害の専門家だったのです。彼は精神分析の創始者であるフロイトの孫弟子であり、日本における精神分析の開拓者的存在でもありました。勤め先の院長がたまたま知られた医師だった、というのが実際のところですが、高橋先生は人柄も素晴らしく、私は10年以上にわたって彼に師事しました。そして高橋先生は1994年に他界され、私が患者さんを一手に引き受ける状況となりました。性同一性障害というのは当事者にとって非常に大きな問題です。浦和保養院を転院した後も私のことを訪ねてくださる患者さんや、「もっと近いところに」と他院を案内しても首を横に振る方が多くいらっしゃいました。そんなことが何度となく続いた末に、患者さんに向き合おう、自分のできることはしようと覚悟が決まったのです。過去には日本精神神経学会が定める性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン策定にも携わりました。

待ってくれる患者がいる限り、診療を続けていく

ところで、先生はなぜ医師を志されたのですか?

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開業医だった父の姿を子どもの頃から見ていたからです。特に印象深かったのは小学4年の頃。地元の町の川が氾濫して大洪水が起きた時のことです。私と父が診療所で話していたところ、ある男性が「息子が溺れたので診てほしい」と駆け込んできました。胸まで浸かる場所もあった状況で、祖母は「出ていくな。死んじゃう」と泣いて引き留めました。父は困った表情をしていましたが男性の話を聞く中で意を決し、看護師には「来なくていいから」と制して一人で出ていきました。医者はすごい仕事だと子どもながらに感じ、それ以来、父が診療所を飛び出す場面が頭から離れなかったのです。

お忙しい中、休日はどんなふうに過ごされていますか?

体調を考慮して月、水、日曜日を休診日にしていましたが、近く月曜日も診療を始める予定です。私の趣味は一つで、クラシックを聴くこと。祖父がクラシック好きで、私が生まれる前から自宅にはたくさんのSPレコードがありました。勤務医時代の一時期にはよくコンサートに足を運んでいましたが、病気になってからは自宅で楽しむことが増えましたね。クラシックと一口に言っても軽快なものや情熱的なもの、悲しみが表現されたものなど曲調はさまざまで、人間の感情を知られるのが大きな魅力です。当院では患者さんが好きな音楽を持ち寄る鑑賞会も毎月開催しているんですよ。

最後に、改めて読者にメッセージをお願いします。

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性同一性障害についてはメディアに取り上げられることが増え、一般の認知度の高まりとともに対応に力を入れる医師も増えました。これからは周辺にお住まいの患者さんを中心に細く長く診療を続けたいと考えています。本音を言うと病気でつらいと思うこともありますが、患者さんから励まされるとやっぱりうれしいですし、お互いに「お大事に」と言い合える関係を築いているというのは、私の医師人生を振り返ると初めてのこと。患者さんとともに生きているという思いを強くします。待ってくれる患者さんがいる限り、自分にできることをしたいという気持ちでいます。

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