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石川 大樹 部長の独自取材記事

日本鋼管病院

(川崎市川崎区/川崎駅)

最終更新日:2019/09/11

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巷では「半月板損傷のスーパードクター」と呼ばれ、プロ・アマ問わず多くの選手をケガから復帰させてきたという石川大樹先生。そんな石川先生を頼って、藁をもつかむ思いで海外からも患者が訪れるというが、実際に会ってみると、偉ぶるどころか、謙虚で気さくな人柄に逆に驚かされる。スポーツドクターとしての熱い思いや、プロサッカーチームのチームドクター時代の話、そして今後の展望などを聞きながら、石川先生の魅力に迫ってみた。
(取材日2016年6月16日)

半月板損傷のエキスパートとして活躍

今年の4月に整形外科部長として日本鋼管病院に着任されたそうですね。

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今から20年近く前に日本鋼管病院から鶴見区の「特定医療法人社団育成社 佐々木病院」に異動したので、久々に古巣に戻ってきたように感じています。とはいえ、佐々木病院に勤務している間も週に1度はこちらにも顔を出していたので、なじみある環境でとても気持ち良く仕事をさせていただいています。ライフワークとして取り組んでいるのが膝の関節鏡視下手術で、半月板損傷や靭帯損傷(前膝十字靭帯損傷)をメインに診ています。

半月板損傷のエキスパートである先生を頼って、海外からも患者が訪れると伺いました。

日本の医療は世界でもトップレベルです。当院の整形外科には日本代表スキーチームのチームドクターをされていた栗山先生を軸に、野球やテニス、バスケットボールなどプロ・アマ問わず大勢のスポーツ選手をケガから復帰させた経験があるので、全国各地から大勢の患者さんに来ていただいています。海外からの患者さんも多く、先日もイギリスから来られた患者さんを診たばかりです。ここは羽田空港から車で15分。この地の利は大きいですね。「前十字靱帯(ACL)再建術」や「半月板再建術」などの先進の医療に力を入れながら、アットホームな雰囲気の中、みんなで頑張っています。

先生もプロサッカーチームのユースのチームドクターとして活躍されていたそうですね。

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チームドクターとして10年間、選手をサポートしてきました。当時はそのチームの黄金時代で、ユースにも力のある選手が大勢いました。日本のサッカー界を支えるジュニアの育成に携われたことは本当にうれしいことですね。ジュニア世代にはオスグッド病やシーバー病など成長期特有のスポーツ障害が多くみられます。また、円盤状半月板のような難しいケースもありましたが、子どもたちにケガのために志半ばで夢を諦めさせるようなことはしたくありませんでした。とかくスポーツドクターは、何かあったら困るので安全優先な決断を下すことが多いのですが、第一線で活躍している選手は本人も監督も一日も早く復帰することを望んでいます。トレーニングから一緒に考えて、選手が安全に復帰できるギリギリのところでゴーサインを出すのは責任重大でしたが、スポーツドクターならではの醍醐味でもありました。

アスリートとしての復帰をめざす全人的医療

そもそも先生はなぜ整形外科を選ばれたのでしょうか。

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日本料理の板前だった父の影響か子どもの頃から図工が得意で、外科か整形外科に進もうと考えていたのですが、実習で外科にいった時に、力及ばず亡くなっていくがん患者さんの姿にたまらない気持ちになってしまったんです。一方、整形外科は治ってうれしそうに退院していく方ばかり。とにかく活気があって明るいんです。自分に合っているのはこっちだなと、整形外科に決めました。でもずっと、自分は死と向き合うことから単に逃げただけなのではないのかという思いがずっとありました。30代で両親をがんで亡くした時、親の命すら救えないで医者としてこれでいいのかと、国立がんセンターの先生に弟子入りを申し込んだことがあるんです。その時「君が今から一生懸命頑張っても俺を抜くことはできないよ。外科のことで困ったら、俺を頼ればいいじゃないか」と言われて、ようやく自分は整形外科の医師として社会貢献していくしかないんだとふっきれた気がします。

数多くの選手生命を救ってこられた石川先生ならではの、印象に残っているエピソードを教えてください。

やはりケガをしたスポーツ選手が治療を受けて、しっかり第一線に復帰した時は本当にうれしいですね。印象に残っている選手は大勢いますが、第一線で活躍していた、ある格闘家がケガをした時は、私もセコンドとして復帰試合に立ち会いました。復帰戦で見事に勝利をおさめた時は、そばで見ていて感極まりました。それからチームドクターをしていた時にそのチームが全国優勝をした時もうれしかったですね。誰が勝ったというわけではなくチームみんなで勝つというのは、個人で勝つというのとはまた違う格別な喜びがあります。子ども達なりにいろんな壁にぶち当たって、苦しんだりもがいたりしながら、最後にみんなで手にする勝利は本当になんともいえません。

先進医療だけでなく、術後の充実したリハビリにも定評がありますね。

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日本鋼管病院のスポーツ整形分野のリハビリは充実しています。体育館のようなとても広い機能訓練室で、スポーツ整形をやりたい! と希望に満ちた熱意ある先生方が一丸となってリハビリに取り組んでいます。普通はこれだけ大きな病院になると、整形外科とリハビリは組織的に別になってしまうので、なかなか意思の疎通がしにくいものなのですが、ここでは自分が担当した患者さんのリハビリには必ず毎日顔を出すことになっています。「手術3割、リハ7割。毎日、患者さんが治っていく様を見て応援しなさい。理学療法士さんと二人三脚で治していくのが本当の整形外科医なんだよ」と栗山先生に言われた時は本当にうれしかったですね。大きい病院なのに、みんなすごく人間的に温かいんですよ。これは医師にとっても患者さんにとっても、本当に大きな魅力だと思いますね。

すべての患者が生涯スポーツを楽しめるように

先生ご自身はどのようなスポーツを楽しまれているのでしょうか?

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学生時代はずっとハンドボールをやっていたのですが、今はもっぱらルアーフィッシングですね。時間があればイトウを釣るために北海道へ行っています。ルアーフィッシングというのは、釣りというよりスポーツなんです。魚を捕まえて食べることが目的の釣りではなく、魚とは対等の関係です。貴重な魚を傷つけないよう最大限注意をして、捕まえた魚はリリースします。魚も自然も次世代に残さなくてはならないという思いが釣り人の中で徹底していて、スポーツマンシップにのっとって楽しんでいます。

今後の展望をお聞かせください。

どうしても靭帯損傷や半月板損傷の治療には限界があります。治りきらない箇所があると、外傷後に二次性変形性膝関節症になってしまうんですね。私は長年ずっとスポーツ整形に携わってきたので、昔の患者さんが高齢化してきて、最近は変形性膝関節症になって痛みを訴えて来られる患者さんが増えてきました。それを自分はスポーツ整形外科担当だから診れないとお断りするわけにはいきません。そこで、4月から従来の「スポーツ整形外科」や「一般整形外科」に加えて、変形性膝関節症になったとしてもスポーツに復帰できる治療を目的とする「膝(ひざ)の外来」を始めました。選手としての寿命は短くても、スポーツを好きだという気持ちは一生続きます。ただ歩けるようになればいいというのではなく、いくつになってもスポーツを楽しんでいただけるような治療にも力を入れていきたいと思っています。

最後に読者にメッセージをお願いします。

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こちらに復帰してまだ3ヵ月なのであまり偉そうなことはいえませんが、膝の痛みを抱えるさまざまな患者さんの治療ができるよう、それも膝関節外科の医師として、膝のゆりかごから墓場までトータルで診ることができるよう向き合っていきたいと思っています。膝の外来を始めたのもその一環。現役だけでなく、現役を引退した方にも同じように膝の痛みを取り払い、いろいろなことに復帰したりチャレンジできるよう、半月板再建術や関節温存治療などの先進医療で支えていきたいと思っています。アスリートというのは、いわばスポーツ愛好家。だから、スポーツ選手には志半ばで夢を諦めることなく第一線での活躍をめざしてもらいつつ、引退後は、プロもアマも関係なくすべての患者さんにアスリートとして生涯スポーツを楽しんでほしいと思っています。どうぞお気軽にご相談ください。

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