都川耳鼻咽喉科

都川知之 院長

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蓮沼駅から徒歩4分。2014年12月にリニューアルオープンした「都川耳鼻咽喉科」は、真新しい院内とは裏腹に実は70年以上の歴史を持つこの町の老舗ともいえる医院である。3代目院長の都川知之先生は、専門の鼻アレルギーの治療を中心に、人間にとって重要なコミュニケーションツールである聴力を守ろうと、一人ひとりに納得のいく説明と治療を心がけている。主な患者層である子どもと高齢者に優しい作りと工夫を凝らした院内は、眺めているだけでも楽しいしかけであふれている。内視鏡を使ったわかりやすい説明だけでなく、心の声にも耳を傾け、真摯な姿勢で患者の気持ちに寄り添ってくれる頼もしきドクターだ。常に相手の気持ちを推し量りながら、わかりやすい言葉で語る都川先生の横顔に迫ってみた。
(取材日2015年1月9日)

生まれ育ったこの町で、3代目として恩返しを

―耳鼻科医として3代目にあたるそうですね。

はい。当院は、1938年に祖父が開業してからなので、かれこれ70年以上になります。祖父から父、父から私へと代替わりの時に間があいたりもしましたが、基本的にずっとこの蓮沼で都川耳鼻咽喉科としてやってきました。私は子どもの頃ここから歩いて30分くらいのところに住んでいたので、しょっちゅうこのクリニックへ遊びに来ては治療する祖父の姿を見たり、治療が終わった子どもの患者さんにあげるご褒美のビスケットを一緒にもらったりしていました。そして小学5、6年の時に父がこの医院を引き継ぐことになり、ここへ越してきました。だから公私共々この場所が私にとっての地元です。当時の友だちは引っ越したりしてほとんどいなくなってしまいましたが、地元への恩返しの気持ちを込めて、祖父の代から受け継いだ地域に密着した医療をしていきたいと思っています。

―やはり子どもの頃から自分も医師になろうと決めていたのでしょうか?

あまりにも当たり前のように耳鼻科医の仕事が生活の中にしみ込んでいたので、自分が将来医者になるとしたら耳鼻科しかないだろうなとは漠然と考えていました。でも、自分が医者になるかどうかはわからなかった。そんな時、祖母を自宅で看取ったんです。祖母の死を間近にみたことが後押しとなって、中学3年の時には医療の道へ進もうと思うようになりました。祖父や父が働いている姿をずっと見て育ったので、仕事の内容ややり方だけではなく、楽しみ方もよくわかっていたということが耳鼻科医を選んだ大きな理由ですね。私にとっては、一番身近でわかりやすい職業だったのです。それから、当時と比べると治療法はずいぶんと変わりましたが、来てくれた患者さんによくなって喜んで帰っていただきたいという思いは、祖父の代からずっと変わっていないと思います。

―2014年の12月に、3代目としてリニューアルオープンされたそうですね。

父が急逝したため、急きょこのクリニックを継ぐことになったんです。祖父の代から慣れ親しんだ建物ではありましたが、設備面のこともあり、建て替えての開院となりました。ベビーカーや車いすのまま入れるバリアフリーの設計や、お子さんが椅子に座った時に見やすい位置にモニターを設置し、アニメを見ている間に治療ができるような工夫など、小さなお子さんから高齢の方まで大勢の方に安心してお越しいただける作りになっています。また、電子カルテや内視鏡などの最新の機器だけでなく、電話による当日の診療の順番の受付制を取り入れるなど、多くの方に気軽にお越しいただけるよう配慮しました。



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