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山田尚士 院長の独自取材記事

山田小児科医院

(川崎市幸区/鹿島田駅)

最終更新日:2020/04/01

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診療したお子さんが元気になることが一番。大切にしていることを尋ねたとき、山田尚士院長は迷いなく答えた。そうした親身な診療を行う「山田小児科医院」は、JR南武線の鹿島田駅から徒歩8分程度。同院は開業して約40年、周囲に住む子どもとその家族の健康を支えてきた。山田院長自身は病院で消化器内科や小児科の診療経験を持つため、父から継いだ小児科医院の名前はそのままに小児科と内科を掲げ、子どもから大人まで幅広く診療している。「お子さんに備わった強い回復力を生かし、抗生物質などのお薬はなるべく使わずに」という考えは、自分に子どもがいたら、どんな治療をしてほしいかを考えた結果だという。経過観察のために再度受診が必要な場合も、「その理由を丁寧にご説明し、疑問に率直にお答えして納得されててから」とコミュニケーションも重視する山田院長に、この地域での診療にかける思いを聞いた。
(取材日2014年5月29日)

小児科医院に小児科と内科を併設した理由

こちらは40年も続く小児科の医院と聞きました。

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ええ、父がこの地に「山田小児科医院」を開業して40年ほどになりますが、私が診療に加わったのは8年前のこと。現在は父が予防接種や検診、私が主に患者さんの診療と役割を分担しています。私自身は内科、放射線科、小児科と経験を積んできたので、この医院でもお子さんだけでなく、高齢の方や働き盛りの方など幅広く診ているんですよ。小児科医院の名称は受け継ぎましたが、実質的にはファミリークリニックといって差し支えないでしょう。父が長年診療してきた当院には「親子三代で通っている」という方もお見えになるほど。地域密着で続けてきた診療が皆さんに親しまれ、信頼されていると実感します。そんな父が診療を私に任せてくれたのは、対立しないようにという配慮でしょう。やはり同じ立場で仕事をしていると、見方や考え方の違いが出てくるものです。そして医師の意見が食い違ってお困りになるのは、何よりも受診するお子さんとその保護者の方。そんな本末転倒の事態を避けたかったのだと思います。ただ父の長い経験はとても貴重なものですから、私から逆にアドバイスを求めることはよくありますね。

では医院もそのときにリニューアルされたのですか?

医師が2人いれば診察室も最低2つ必要ですから、私が戻る少し前に建物全体を建て替えています。院内レイアウトは父が「お前に任せる」と言ってくれたので、ほとんどが私のアイデアですね。特に以前の医院は待合室が手狭で、風邪など感染症のお子さんが多い時期には満席になることもしばしば。今度はそんなご不便をおかけしないよう、思い切って10数名は座れる広い待合室にしています。インテリアの色はパステル調の淡い黄色や緑色が中心で、ゆったりお待ちいただける雰囲気を心がけました。靴を脱いで遊べるスペースはお子さんに好評で、画面に流れる番組を見ながらおとなしく待ってくれるようですね。お子さんはいつ熱を出すかわかりませんから予約は難しいですし、予約してもご家族の都合で来られない状況も起きます。そうした考えから当院は当日受付中心の診療にしているため、お待ちいただくための待合室は充実させたいと思っていたんですよ。

診察室以外の部屋もたくさんあるようですが?

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建て替えに際して、点滴などに使える処置室も新しく用意しました。お子さんの体調が優れず、吐き気などで飲食が難しいときは、点滴による栄養摂取は不可欠ですから。そんなときも当院で治せる病気の範囲なら、点滴まで院内で済ませた方が早い回復につながります。それに知らない病院に行ったり、入院したりするより、自宅でご家族と過ごした方がご本人にとっても安心なはず。特に感染症は病院が個室を用意する場合も多いですから、お子さんはますます寂しく感じて、逆に体調が悪化する可能性だってあります。もちろんこうした対応を決めるのは、その子の全身状態をしっかりと把握し、当院で治療できるのか的確に判断しておくのが大前提。その判断も本当に正しいか常に自問自答して念を入れます。そして必要なら病院での治療を早くお勧めすることも、身近な医療の窓口である当院の役割だと考えています。

診療の一番の目的は、子どもを元気にすること

先生が診療で大切にされていることを教えてください。

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診療したお子さんが元気な状態に戻ること、これに尽きます。ですからお母さん方の忙しさは十分にわかっても、場合によっては「明日も必ず診せに来てください、絶対に」とお願いすることもあるんですよ。お子さんは自分で体調管理も通院もできませんから、どうしても保護者のご協力が必要なのです。もちろんご協力をお願いするのですから、お子さんが今どのような状態なのか、なぜ明日も診療に来てほしいのか、お薬は必要なのかなど、皆さんの疑問には率直に答え、納得して受診していただけるよう心がけています。体調も顔色も悪くてぐったりしていたお子さんが数日の治療で回復する様子は、何度見ても感動します。私たちが適切に治療して、一番大変な時期を乗り切る手助けをすれば、その後はお子さん自身の力でみるみる元気を取り戻していくんですよ。

こちらでは薬の使い方も工夫されると聞きましたが?

注意しているのは抗生物質の使い方ですね。お話ししたようにお子さんには強い回復力が備わっているので、抗生物質なしで治ることも多いのです。逆にお薬が必要な場合、私は適切な量と期間を決めて処方しますが、このような見極めには経験だけでなく、裏付けとなる検査も行います。体内の炎症反応の度合いを知るCRP測定もその一つですが、外部委託では結果を知るのが遅れるため、院内に測定機器を備えました。この結果はお薬を処方するタイミング、抗生物質の効果に期待できないケースといった判断の手がかりになるものです。一般にお子さんの高熱が重症化することはそう多くありません。医師がお子さんの体温やCRPの情報を定期的にチェックしていけば、水分や栄養の摂取に気をつけながら、お薬を使わず経過観察を続けられるケースもあります。そのためにはこまめな受診が欠かせませんが、それでも「もし自分に子どもがいたらどう診療してほしいか」と考えて、検査や治療方法、お薬の使い方を皆さんに提案することは大切だと思うんです。

そうした診療をめざすきっかけは何でしたか?

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内科の副部長まで務めた以前の病院では、大事をとって患者さんにお薬を出すこともよくありました。しかし父の助言に従って別の病院の小児科で診療したことで、お子さんの回復力のすばらしさに改めて気づいたんです。そうした経験から内科医時代とは意識を変え、当院ではお子さんの回復力を生かす診療をしようと決めました。本当はこの医院に戻るとき、そのまま内科医として診療する道もあったと思うんです。父から「小児科も診られるように」と言われたとき、消化器内科が専門だった私は悩みましたし、今からお子さんの診療ができるのかも疑問でした。しかし考えるよりもまず実践だと思い、父に紹介された小児科でしばらく働くことにしたのです。結論から言うと「案ずるより産むがやすし」で、お子さんを診療するやりがいもよくわかりました。加えて消化器内科での経験も生かすことで、患者さんの年齢を問わず診療できる知識と経験が身についたと思います。

自分の適性を知るため、研修でさまざまな診療科を経験

医師になられたのは、やはりご家庭の影響でしょうか?

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私には姉と弟がいて3人全員が医師になっていますから、医師だった父の影響は大きいと思いますね。その中でも長男の私は周囲の皆さんからも跡継ぎのように思われ、いつの間にかその気になったというのが正直なところ。そのため医学部を卒業するとき、自分がどの診療科に向いているのか真剣に悩むことになったんです。そこで適性を確かめようと、いろいろな診療科で研修できる日本赤十字社医療センターを研修先に選びました。外科や麻酔科など数ヵ月ずつ診療し、さらに自分が興味を持った内科はより専門的に、循環器内科や消化器内科などを経験。学問の追究や研究より、現場で手を動かす方が向いているとわかり、食道の造影検査や大腸内視鏡など、さまざまな手技で検査や治療を行う消化器内科が最適だと考えるようになったんです。

それから長く内科医として経験を積まれたのですか?

それが経歴はだいぶ変わり種なんですよ(笑)。研修を終えて久しぶりに訪ねた母校では、「今年は病院の採用枠はない」という残念な返事。そこで私は一念発起し、大学院に入って大学病院の診療に加わろうと考えました。幸い試験はうまくいき、おそらく最高点に近い点数で大学院に合格していたはずです。「はず」というのは、研修していた赤十字医療センターに引き留められ、何度も説得された末、結局その病院に勤める道を選んでしまったからなんです。そう決めたのは大学院合格発表の前日で、すぐ大学に行ってお世話になった教授におわびするなど大変な思いをしましたね(笑)。しかも赤十字医療センターでは放射線科と消化器内科の二足のわらじで診療をする約束。さまざまな症例を診て、解剖学の知識からCT画像の読影力まで身についた反面、とても忙しくて数年後には過労で入院してしまいました。そこで自分の健康を意識し、また父の後を継ぐなら患者さんと接する経験をより多く積みたいと考えて、ようやく消化器内科だけの診療を担当するようになりました。

お勤めのときと今とでは、普段の生活も変わりましたか?

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仕事の変化より、医院と一体になった自宅を建て替えた影響が大きいかもしれません。一室にホームシアターの設備を導入して、借りてきたDVDを見る楽しみが倍増しましたから(笑)。それ以外、趣味や休日の過ごし方はそう変わりませんね。今でも長期の休みがとれたら、昔から続けているスキューバダイビングに出かけます。海に潜ると、聞こえるのは自分の呼吸音だけ。そうした非日常の環境に身を置くと、気持ちもリフレッシュできるのだと思います。それに私は水中写真を撮るのが大好きなんですよ。海水が太陽の光を遮ってすべてが水色に溶け込む海中で、ストロボをあてた瞬間、極彩色の世界が出現する驚きは何度体験しても新鮮です。その一瞬を写真に切り取ることで、非日常の世界を少しだけ自宅に持ち帰れるような気がするんですね。

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