医療法人洗心会 デンタルクリニックシンク・トゥースホワイティうめだ診療所

玉置 敏夫理事長

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1日に約40万人が訪れるという巨大な地下街「Whityうめだ」内。泉の広場のすぐそばに「THINK TOOTH ホワイティうめだ診療所」はある。理事長を務めるのは、今年で87歳を迎え、ますます健勝な玉置敏夫先生。大阪歯科大学を定年まで勤め上げ、同大学名誉客員教授をはじめ、さまざまな分野で歯科医師を指導する立場でもある、まさに日本歯学界の重鎮の一人だ。今も現役の歯科医師として治療にあたる、その一方で後進の育成にも力を注いでおり、多くの歯科医師や歯科技工士たちに影響を与え続けている。そんな玉置先生に、ユニークな半生や歯科医療への取り組み、自身の勉励から教育に向ける情熱まで、大ベテランならではの貴重な話をじっくり聞いてみた。
(取材日2017年6月5日)

いま元気なのは噛めているおかげ

―ここに歯科を出された当時のことを教えてください。

私は京都の出身で、地元で歯科医院をやりながら大阪歯科大学に勤めていました。定年後、たまたま事情があって、2002年に大阪駅前の地下に歯科を開き、その1年遅れでここにも開院したわけです。私は理事長を兼ねて医師としてもっぱら治療に専念し、経営は別の者に完全に任せていたのですが、ふたを開けてみると、知らぬ間に大赤字になっていたんです。そこからが大変で、10年間は赤字経営が続きました。始めたからにはという思いがありましたし、この地下街、他には歯科が1軒もありませんから、患者さんのためにも絶対に閉めるわけにはいかない。治療の質も落とすわけにもいきませんから、私自身、学生アルバイト並みの手取りで必死になって働き、その結果、どうにか挽回することができたわけです。

―先生はインプラント治療に古くから関わっているそうですね?

インプラントを始めたのは1970年頃、私が40歳の時ですね。当時、歯科医療の最先端はアメリカでした。その新しい技工手法を学ぶために大学の指示で渡米し、大きな研究室を訪れたときに、初めてインプラントに出会いました。「これはなんだろう?」ということで治療体験者の定期健診に参加させてもらい、インプラントにして一番良かったことを身振り手振りで尋ねると、全員が口をそろえて「噛めるようになったこと」と答えるんです。しかも、10年以上経つのに何の問題もないという人が何十人もいて、これには驚かされました。よく噛めて、長持ちして、そんないいものをどうして日本ではやらないんだろうと思い、帰国してから大学で研究を始めたのがきっかけです。

―先生ご自身もインプラントを入れているとお聞きしましたが?

全部で10本、もちろん普通に噛みたいからです。私が87歳でも元気なのは、しっかり噛めているおかげです。噛むために一番いいのが私の場合はインプラントだったというだけで、それは一つの手段にすぎません。どの治療が一番かはケースバイケースで、患者さんの年齢や健康状態、経済的なことまで考える必要があります。そして、どの方法でも全部、私一人で治せるわけではありません。そのかわり、この患者さんはこういう治し方がいい、きっとこうなるだろうというのは誰よりもわかります。それで一番上手だと思った医師を引っ張ってきて、ここで治療をやってもらっています。この患者さんならこの医師、この治療法ならこの医師が最適だろうと振り分けて、専門的に任せているわけです。

記事更新日:2017/09/15


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