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鄭 栄植 院長の独自取材記事

鄭クリニック

(高槻市/総持寺駅)

最終更新日:2019/08/28

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阪急京都線総持寺駅から徒歩8分、府道132号線に面したブルーの建物の1階にある「鄭(ちょん)クリニック」は消化器内科・乳腺外科・外科などを標榜し、認知症治療や生活習慣病、漢方処方など幅広く対応する地域密着型のクリニックだ。院長の鄭栄植(ちょん・よんし)先生は大阪医科大学卒業後、同大学附属病院の一般・消化器外科に入局。同附属病院、大阪府済生会吹田病院や北摂総合病院での勤務後、2008年に開業。当初は消化器外科・乳腺外科の術後管理を掲げていたが、父の認知症発症をきっかけに、現在は介護・認知症ケアや予防医学など幅広い分野に対応している。病気の予防と健康な体づくりが一番大事と語る鄭院長に、医師になったきっかけや、現在の診療方針に至った経緯など、じっくりと語ってもらった。(取材日2018年1月19日)

外科医師だった伯父の志を、父から受け継ぎ医師の道へ

医師の道を志したのはなぜですか?

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高校の時の三者面談で担任から、将来何になりたいかと聞かれ、「第1希望は産業スパイ、第2希望は宇宙飛行士、第3希望は医師です」と答えた途端、隣に座っていた母に頭を叩かれ、担任に呆れかえられました。産業スパイになるには何学部に行けば良いかわからず(笑)、現役の時は宇宙工学科を受験しましたが不合格。浪人する際、医師をめざすのなら浪人してもいいと親から条件を出され、たどり着いたのが大阪医科大学でした。大学時代はサッカー部の副キャプテンを務め、医学部の西日本や全日本の大会で優勝、韓国代表だったソウル大学との日韓親善試合で偶然にも韓国に遠征させていただきました。大阪医科大学が僕を初訪韓へ導いてくれた運命の大学だったと思ってます。

医学部進学は、ご両親の希望で?

父方の伯父が医師でした。伯父がソウル大学の胸部外科医師だった時、朝鮮戦争で行方不明となり、後に死亡扱いとなりました。父は、兄が亡くなったことで、僕に医師になってもらいたいという気持ちが強かったんだと思います。ところがその後、朝鮮戦争によって韓国と北朝鮮に生き別れた南北離散家族の面会が行われることになり、その名簿に、伯父の名前があり、驚きました。その後、伯父が平壌大学の心臓血管外科で医師として大きな手術を手がけるなど、活躍していたことがわかったんです。

その伯父さんの志を引き継ぎ、外科に進まれたんですね。

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はい。大阪医科大学を卒業後、同大学附属病院で一般・消化器外科に入局し、麻酔科や胸部外科、救命センターでの救急医療も経験しました。大学時代に同じサッカー部のキャプテンだった親友と「2人で胃がん手術ができるようになろう」と誓って、一般・消化器外科の道に進んだのですが、2人で一度だけ胃がん手術を成功させた後、親友は34歳の若さで亡くなってしまったんです。その時に現在の医学の限界を考えるようになり、2人の願いは一度であれ達成できたという感もあって、大学病院を離れました。その後、済生会吹田病院、北摂総合病院で一般・消化器外科医長、乳腺外科部長として外科全般に対応してきました。

息子の病気を機に開業、認知症の父の介護も経験

開業されたきっかけは何ですか?

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次男が生後半年で膀胱尿管逆流症になり手術が必要となりました。妻は上の子3人の育児が大変で、実家は父の介護がありましたので、僕が入院治療に付き添うことになりました。約1ヵ月後、職場に復帰したのですが、北摂総合病院や患者さまたちだけでなく、大学医局にも本当に迷惑をかけてしまいました。そんな時、手術を担当させていただいた患者さんから、将来どうするつもりかと質問され、返事に困っていると、その方が所有する土地で開業して北摂総合病院をサポートしてはどうかと勧められ、これがきっかけになりました。その当時、北摂総合病院で乳腺外科を担当していたのが僕だけだったので、当初は乳腺外科をメインに、消化器、乳腺の術後管理をするクリニックとして開業したんですが、術後の患者さんのさまざまな症状を診療していったり、紹介で来られるいろんな症状の方が増えるにつれ、徐々に現在のような、総合診療的なクリニックになっていきました。

現在は認知症治療をはじめ、老人介護施設も運営されています。

勤務医時代に、父親が認知症になり、大学病院で治療を受けましたが、薬が合わずどんどん悪化、名古屋の河野和彦先生が提唱する治療法と出会い、それを機に僕自身も認知症治療について学び始めました。開業3年目の時、父を介護する状況になり、クリニックの隣に老人介護施設を設立することにしたんです。設立にあたって「入居される方を自分の家族だと思って親身に対応できるスタッフを中心とした施設をつくりたい」という思いがありました。現在も、医師や看護師だけではなく、すべての職種の人たちと意見を出し合いながらの運営を心がけております。

「予防医学」を中心とした診療方針に変わった経緯は?

僕自身も、外科から予防医学や認知症治療、老人介護の方向に進むとはまったく想像もしていませんでした。大学病院時代に、ドイツ・ウルム大学の付属病院で研修させていただき、健康を維持することは自然治癒力を発揮することという考え方に影響を受けました。病気を予防し、そして健康な体づくりが一番大事と捉え、勤務医時代から興味を持っていた東洋医学や代替医療についても本格的に勉強しました。自分の体に自ら手当をしてもらうことで不必要な薬を減らし、自分自身が持つ自然治癒力を高めていけないかと考えたんです。

病気の予防や健康な体づくりにどう取り組まれていますか?

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身近な動作ですと、「噛むこと」はとても重要だと伝えています。咀嚼不足は唾液分泌の減少にもつながり、ひいては全身の健康状態にも影響を与えると考えています。唾液には、感染予防などの口腔内環境を保つ機能のほか、塩分や糖分から内臓を守ったり、消化管内を食物が流れて行く時の潤滑油の働きをするなど、いくつかの役割や種類があります。また、ちゃんと噛むことで唾液が分泌され、自分の体に取り入れるべきものが判断できれば、食中毒を防ぐことにもつながります。現代社会は食べやすいものが多いこともあり、あまり噛まずにすぐ飲み込んでしまいがちです。しかし噛むことで働いた「咀嚼に関わる筋肉の動き」が、身体のバランスや精神の状態にも影響すると考えています。

病気になった原因を、患者と一緒に考え治療を

診療で心がけていることはありますか?

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「目線を合わせること」です。済生会吹田病院勤務医時代に、外来やベッドサイドで患者さんから話を聞くときは患者さんの目線を合わせること、白衣にネクタイ姿で患者さんを見下ろすような態度はとるなと強く言われてきました。確かに医師に見下ろされている状態で、患者さんが自分の本心を話すのは難しいですよね。そして、できるだけ自分から相手の話を切らないようにし、話したいことをすべて吐き出して納得して帰っていただきたいと考えています。

今後、やっていきたいことは?

認知症の方やご家族、サポートで関わっている方々が集える「認知症カフェ」のような場所をつくりたいですね。介護施設は、どうしても閉鎖的な空間になりがちなんです。施設内の一部に、地域の人たちと交流でき、家族と気軽に面会できるスペースが欲しいんです。高齢者が、生き生きと心地良く、安心して過ごせる場所や施設が必要だと考えています。また、この地域は在日外国人や、外国人労働者も少なくないんです。中国語、韓国語、ポルトガル語しか話せない人が来院することもあるので、スタッフみんなで「2020年までに、とりあえず英語と韓国語は応対できるようになろう」との目標を立てて頑張っています。

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

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僕は、患者さんにも病気になった原因を一緒になって考えてもらいます。手術や病気をしたとき、患者さんはよく「早く元の自分に戻りたい」と言いますが、僕は「元の自分に戻るとまた病気になりますよ」と返すんです。患者さんの不調の原因を探すため、西洋・東洋医学といった一般診療や、湯治を利用した代替療法も取り入れ、原因究明の選択肢を広げていきます。そこから病気の原因や治療の糸口が見つかればと、多角的に診療を行っていきます。どこが悪いのかわからない、漠然と不安を感じているだけでも構いません。専門的な手助けが必要だと感じたときは、いつでもすぐに相談に来ていただければと思います。

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