峯崎整形外科

峯崎孝俊 院長

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「なんでも相談できる気さくな医院」のモットーを掲げる「峯崎整形外科」。そしてそのモットーどおり、物腰柔らかな口調で取材中も楽しく話をしてくれたのが峯崎孝俊院長だ。小田急線本厚木駅から車で15分ほどの場所に位置する住宅街の飯山で老若男女から頼りにされている峯崎院長は、大学院を卒業後、アメリカ留学、大学の関連病院勤務、大学講師を務めるなど経験豊富な医師であり、地域住民との交流のためのイベントを企画したり、歩行が困難な患者のための無料送迎バスを用意するなど、患者や地域住民と積極的に関わっている。「今後はロコモティブシンドローム対策に力を入れていきたい」と話す峯崎院長に、クリニックのことや医師会での活動について話を伺った。
(取材日2015年11月11日)

スポーツ医学を深く知るためアメリカ留学。この経験が人生の転機となる

―先生が医師になろうと思ったきっかけは何ですか?

幼い頃から漠然とがんに興味を持っており、年齢を重ねるうちに医師になりたいと思っていました。当初はがんに興味を持っていた私でしたが、中学生の頃から運動をするようになり、スポーツに興味が湧き、しだいにスポーツ医学をやりたいと思ったんです。大学に進学するときは、スポーツ医学を学ぶために医学部に入ろうという感じでしたね。それでスポーツ医学を学ぶなら整形外科だろうということで整形外科に入って、医学部卒業後の2年間の研修が終わってから、大学院でさらに整形外科を学びました。実家はお寺で親戚に医者はいなかったのですが、不思議と医者以外の職業に興味を持つことはありませんでした。

―スポーツ医学についてより深く知るため、アメリカへ留学したそうですね。

はい。大学院を卒業してすぐに、ボストンへ留学しました。当時はスポーツ医学といえば、アメリカが最先端をいってましたからね。ずっとアメリカで学びたいと考えていました。医療に関して言えば、今では日本でも主流となってきておりますが、医師のやることとトレーナーのやること、病院でリハビリの専門家がやることが、しっかりと分業されていたのに衝撃を受けました。当時のアメリカでは普通に行われていましたから。けがをしてから競技に復帰するためのノウハウもすでに確立されており、大変勉強になりましたね。9ヵ月間の留学生活でしたが、スポーツ医学は医者だけで行うものではなく、周りの協力、連携がいかに必要かを学びました。日本に帰ってきてからも、この時に学んだことは、いろいろなところで生きていると思います。家族も一緒に行っていたので、アメリカでの生活は、いろいろな意味で人生の転機になりました。

―なぜこの場所に開業したのですか?

開業する前は東海大学の講師をしていたのですが、整形外科の仕事もあるし、スポーツ医学もやりたいし、教育もあるしということで、全部が中途半端になってしまうのではないかと、少し疑問を感じていました。そんなときにタイミングよく、ここで開業しないかという話があったんです。この場所は大学からも近いですし、今まで学んできたことを最大限生かす環境が整っていたことから、ここの地で開業することを決意しました。また、同じ場所で先に開業していた内科の先生とも知り合いだったことも決め手のひとつでしたね。有難いことに昔から巡りあわせといいますか、タイミングがいい時にご縁がまわってくるんです。

記事更新日:2016/01/24


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