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松吉 哲二 院長の独自取材記事

桜坂内科循環器科

(福岡市中央区/桜坂駅)

最終更新日:2021/10/12

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福岡市地下鉄七隈線の桜坂駅から徒歩3分。マンションなどが立ち並ぶ大通りに面したビルの2階にあるのが「桜坂内科循環器科」だ。院長の松吉哲二(てつじ)先生は、福岡大学や米国クリーブランドクリニックなどで研鑽を積んできたベテラン。終始穏やかに話し、耳を傾けてくれる先生のもとには、学生時代の友人から開業当初からのなじみの患者までさまざまな人が通ってくるのだとか。診察室の壁には先生がモットーとする「一生勉強 一生青春」という言葉が掛けられ、「通えなくてもオンライン講座などで勉強を欠かさない」と笑顔で話す先生。スタッフにも開業当初からのベテランが多数在籍し、患者、そしてその家族の健康をサポートし続けている。先生の治療の根幹にある思いを、存分に語ってもらった。

(取材日2020年8月20日)

家族に背中を押され、人と向き合う医療の道へ

医師をめざしたきっかけは何だったのでしょうか?

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高校の頃は、人間工学の勉強をしたいと考えていました。航空機に使われている、強度や衝撃吸収性に優れたハニカム(蜂の巣)構造など、生物と人間の間にあるものに興味があったんです。しかし母に言われたのが、「あなたは性格が穏やかだから、医者の方が合うのでは?」という言葉でした。会社勤めをするよりも、人と向き合う仕事の方が向いているのではないか、と。さらには兄が先に電子工学の分野を学んでいたこともあって、その兄からも「兄弟そろって同じ分野にするのではなく、それぞれの個性を生かしてみるのはどうだろう」とアドバイスをもらいました。そのことが医学部へと進んだきっかけです。兄は現在は静岡在住ですが、変わらず仲が良く、こちらに戻ってくるとよく一緒にお寿司を食べに行くんですよ。

医学部卒業後は、どちらで研修をされたんですか?

鹿児島大学医学部で6年間学んだ後は、また地元の福岡に戻りました。当時、福岡大学の医局は創生期で、私が初めての医局員として入局しました。教授をはじめスタッフはベテランぞろいでしたが、研修医がやるようなことを、教授たちがすべてやるような所でした。そんな中に飛び込んだものですから、学ぶことも非常に多く、まるで金の卵のようにかわいがっていただきましたね。勉強ももちろんですが、プライベートな面でもそうです。みんなで出かけることがあったんですが、行き先が不慣れな土地だったため、なんと教授が車で迎えに来てくださったんです。今では到底考えられないようなことですね(笑)。

その後、アメリカのオハイオ州にあるクリーブランドクリニックにも留学されましたね。

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はい。アメリカでは人工臓器を勉強しました。実際に扱っていたのは動物がほとんどですが、心臓移植の臨床の現場で手術中、心臓を取り出しドナーの心臓と入れ替える、その限られた時間の中で胸腔サイズを図る人工心臓のフィッティングなども行っていました。メンバーにはマサチューセッツ工科大学の技師などもいて、コンテストなどにも積極的に参加し、刺激を多いに受ける日々でした。当時一緒に学んでいた日本人仲間には、帰国後今は教授になっている友人も数多くいます。それぞれが活躍している話を聞くと、今でも刺激を受けますね。

家族と接するように、親しみをもって患者と向き合う

桜坂にクリニックを開業したきっかけなどをお聞かせください。

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外科では20年ほど研鑽を積みましたが、視力が落ちてしまい、手術に難しさを感じるようになりました。そこで今までの経験を生かせる循環器内科へとシフトしたんです。ちょうどその頃に高校時代の友人から、「メディカルゾーンを作りたいと考えている場所があるから、ぜひお願いしたい」と紹介されたのが、クリニックのあるここです。私が六本松地区出身ですから、土地に縁を感じてすぐに開業を決めました。開業して間もない頃は、小中高校時代の友人やそのご家族、外科時代の患者さんなどが来院してくださいました。ありがたいことに、その縁は今でも続いていますよ。

当時と変わった部分はありますか?

地下鉄七隈線が開通した影響は非常に大きいと感じます。それまでの桜坂地区は、大きなお屋敷があり、お子さんが関東・関西に巣立っていたご夫婦が多い印象でした。また県内でも名の知れた学校が多い文教地区でもあり、少し歩けば福岡市動植物園あります。七隈線の開通と同時に大きなファミリー向けマンションがあっという間に建ち、人もぐっと増えました。地下鉄はもちろん、西鉄バスも通っており、クリニックの目の前もバス停ですから、福岡市一円からたくさんの患者さんが足を運んでくださいます。今年96歳になった私の母も2週に一度、バスに乗ってここまで通っているんですよ。

先生が診察する際に心がけていることは何でしょう?

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常に親を診察するように、真剣勝負で向き合っていくことです。家族のようなつもりで何でも質問し、親しみを込めてお話に耳を傾ける。そうすると皆さん、「スッキリした」と言ってにこやかに帰っていきます。ここには私の母も通っていますし、「悔いがないように親孝行をしたい」という気持ちが根っこにあるんだと思います。しっかりと患者さんの言葉を受け止めれば、どんなことがあり、それがどう体に影響を及ぼしているのかもわかりますしね。また診察していく中では、私の専門領域では対応が難しいこともあります。そういう時は迷わず、近隣の大学病院や、その領域を専門とする先生をご紹介しています。病院や医師会などには高校時代の友人、先輩、後輩がたくさんいて、付き合いの長い先生は本当に多いんですよ。それぞれがスペシャリストですから、安心して紹介できるんです。

不安を払拭するための勉強は欠かさない

先生は、往診なども行っていらっしゃいますね。

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ええ、往診は昼休みの時間などを活用してお伺いしています。また看取りもご本人やご家族からぜひにと依頼をいただいた場合、対応しています。時代の流れもあり、老老介護になってどうしても自分で看取れない、というケースもあります。そんな声には必ずお応えしたいと考えているんです。当院は看護師もベテランが多く、中には20年以上勤めているスタッフもいます。私が細かい指示を出さなくとも、まるで私が2人いるかのような対応をしてくれていますよ。辞める場合も理由のほとんどが「結婚を機に引っ越すことになった」「地元に帰ることになった」ということがほとんど。これは当院の特徴かもしれませんね。開業20周年の時は、過去から現在のスタッフ一同からお祝いのプレゼントと、全員が寄せ書きをした色紙をもらったんですよ。色紙ももちろんですが、支えてくれるスタッフも私の宝物です。

日々医療も進歩する中で、意識されていることはありますか?

医療の進歩はめざましいと感じます。例えば私が入局した頃は、心臓のバイパス手術はまだ浸透していませんでした。それが数年のうちに広がり、さらにカテーテル治療がベーシックになりました。他にも、ウイルス性肝炎は飲み薬を使った化学療法が行えるようになり、心臓のCTでは毎秒320枚の撮影で冠動脈狭窄の診断が可能になりました。このように医学は常に進化しています。現在は内科・外科といった縦割りの構造ではなく、医師、看護師、技師たちが一丸となって患者さんを診ていくクリティカルパスの時代です。医療が進化するということは、患者さんの負担が減るということ。そのための勉強は欠かせません。現在は新型コロナウイルス感染症流行の影響もありなかなか現地での勉強会などには足を運びづらい状況ですが、その分インターネットを活用して知識を深めています。

では最後に、読者へのメッセージをお願いします。

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患者さんの不安を払拭するのが、私たちの仕事です。治療するだけではなく、それに紐づくさまざまな不安を取り除くことが大切なんです。セカンドオピニオンの役割もそうで、自分にあった体調、意見、お薬を、患者さんが選べるようにアドバイスしていく。病気の怖さを教えながら、どういった生活スタイルが良いのかなど、未来への道筋も一緒に考えていきたいのです。ペースメーカーを入れているので定期的に診てほしい、検診で不整脈を指摘された、出産を控えているけれど血圧が高い、心臓病の合併症が心配だ……というように、循環器内科の領域なら、不安なことは何でも相談していただきたいですね。当院の患者さんはよく「ここに来るとほっとする」とおっしゃいます。これは私にとって最高の褒め言葉です。ぜひ、皆さんのお話をたくさんお聞かせください。

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