星ヶ丘メンタルクリニック

星ヶ丘メンタルクリニック

寺田 恭子院長

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地下鉄東山線・星ヶ丘駅から程近い場所に位置する「星ヶ丘メンタルクリニック」。クリニック周辺が多くの大学や高校が集まる文教地区であること、市の中心部からのアクセスも良好であることから、患者層はビジネスマンから高齢者、学生と幅広い。笑顔が印象的で、根っからのポジティブと話す寺田恭子院長は、医師となってから現在まで、ひたすらに精神疾患の治療と向き合ってきたドクターだ。診療を通して多くの患者と向き合ってきた、臨床医としての経験はもちろん、向精神薬研究に携わってきた研究者としての経験も、現在の診療に生かされているという。そんな寺田院長に医師をめざした理由や患者の主訴、診療のこだわりなど詳しく聞いた。
(取材日2017年8月9日)

精神科の医師として、“町の中”で患者を診る

―医師をめざした理由、また精神科を選んだ理由をお聞かせください。

祖父が歯科医師で、父が麻酔科の医師だったので、その影響で私も医師を志すことを決めました。大学を卒業後、医局に入局した時から精神科を専門にやってきましたね。私が医師になった当時、精神病院はたくさんある反面、メンタルクリニックはほとんどなかったんです。そんな時、教授が口にした「精神科はこれから、病院ではなく町の中の診療所で、患者さんの心の病や悩みを聞くようになる」という、精神科の今後を予見する言葉をきっかけに、精神科という領域に興味を持つようになりました。当時は女性の精神科の医師がすごく少なかったこともあって、勧められたことも影響しましたね。もちろん、精神科の医師としての仕事にも魅力を感じていました。

―先生の感じた魅力とは何だったのでしょうか?

当時はちょうど薬理学が進歩していき、新しい薬がたくさん出ている頃で、薬で精神疾患が治るようになってきていたんです。この移り変わりもあって、教授が話していたように、病院だけでなく診療所でも治療が受けられるようにクリニックを開設していきましょうと、社会的な変化が見られるようになりました。また私の母校が精神薬理学について専門的に研究をしていたため、私自身も「抗うつ薬がどのように効くか」といった研究をしていたんです。精神薬の発展によって、「精神疾患は治らない」という先入観のあった時代から、精神疾患は治療ができ、社会復帰の道が開ける時代へ進んでいく、その変化も医師として大きな魅力に感じ、めざす原動力にもなりましたね。

―開院までのご経歴を簡単にご説明いただけますか?

医師となってからは、大学の付属病院や、名古屋市立東市民病院(現・名古屋市立東部医療センター)といった地域医療の中核を担う現場で経験を積み、愛媛県の新居浜精神病院という、約600床という大規模な精神科病院でも多くの研鑽を積ませていただきました。母校にも近い桶狭間病院で勤務し始めてからは、昼間は診療、夜は大学で実験と、臨床と研究の両方に取り組むように。その後、母校に戻ってからは研究室で研究に励みつつ、学生たちの授業も受け持っていました。研究者としての経験は、患者さんへの薬の説明などの場面で役に立っていると感じますね。トヨタ記念病院では精神科副科部長を務めていました。外来や入院の患者さんを診るだけでなく、入院中の他の科の患者さんの、眠れないなどの悩みを抱えている患者さんのケアにも携わっていました。振り返ると、精神科の医師として本当に多くの経験を積むことができたと感じています。

記事更新日:2017/09/11


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