小林歯科医院

浅井澄人 院長

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京成千葉駅から徒歩1分の「小林歯科医院」の浅井澄人院長は、インプラント治療に携わって30年以上のベテランドクター。40代になってから東北大学大学院で研究をするほどの勉強家である浅井院長の技術力を頼りに、遠方からも患者が訪れる。しかし、得意なインプラント治療を誰にでも勧めるわけではないという。「口腔ケアが苦手でお口の衛生状態が悪い人には、インプラントは適しません」とし、インプラント治療を希望する人には歯磨き指導から始める。口腔内を良い状態で保ってほしいという願いからだ。また同院での診療以外では、歯科医師会で県民向けの医療相談や大学の非常勤講師など、幅広い場で医療貢献している浅井院長。医師をめざした理由や日頃の心がけなどをたっぷり伺った。
(取材日2015年11月13日)

「好きなものを食べたい」という願いが実現するのは、患者にとってもドクターにとっても喜び。

―患者層の特徴を教えてください。

駅前という場所柄、当院の患者さんの70%は仕事をされている方です。そして、80%以上の方が紹介で来院されるというのが特徴だと思います。お子さんもたまに来られますが、「うちの孫に歯が生えてきたんだけど、一度先生に見て欲しい……」と既存の患者さんが連れて来られることがほとんどですね。治療で多いのは、私が専門とするインプラント治療と噛み合わせの治療。噛み合わせでは全身の不調和を改善することもできます。奥さんの肩を借りて来院した人が、治療を続けた結果、一人で歩いて帰れるようになったこともあるほどなんです。

―いつから院長として治療をされているのですか?

1983年から私が院長に就任しました。実は、歯科の開業医だった私の祖父は、館山の歯科医院を私に継いでもらうことを期待していました。ですが、一生学び続けたいと考えていた私は、館山だと東京での勉強会などに頻繁に参加できないと考え、伯父が開業していた当院を引き継ぐことにしました。現在も伯父の代からの患者さんが多数来てくださいます。千葉市内だけでなく、鴨川、箱根、大阪など遠くに引っ越しても通院していただいているんですよ。

―すると、歯科医師になったのは身内の方の影響もおありだったのですか?

父が祖父の跡を継がずに会社員になったこともあり、祖父は私が歯科医師になることを強く望んでいました。小さい頃から「お前は歯医者になるんだ」と。そのことに対して私は何の抵抗もなく、疑問にも思っていませんでした。きっと素直な性格だったんでしょうね(笑)。 というより、私が小学4年生の時に父が亡くなったので、反抗する暇もなかったんです。一人っ子でしたのでむしろ早くから独立心が芽生え、中1の頃の日記に「これからは僕が家族を背負っていく」と書いていたほど。母も、私に何ひとつ不自由な思いをさせずに生活させてくれました。そして城西歯科大学(現:明海大学)歯学部を卒業しました。卒業時には学長賞をいただいたんですよ(笑)。

―歯科医師として、うれしいのはどんな時ですか?

ある日、70代後半の患者さんの娘さんが、「母に、死ぬまでにもう一度たくあんを食べさせてあげたい」と訪れました。お母さんの口の中を診ると、奥歯がなく入れ歯も合っていない。それでも、たくあんの「ポリポリ」という音を楽しみたいと強く願っていたんでしょうね。ご高齢でしたがインプラント治療はうまく成功し、たくあんを食べられるようになりました。そして93歳で亡くなった時、娘さんが火葬後に残ったインプラントを持って来てくださったんです。その歯でたくあんを食べられたことを改めて感謝してくださいました。うれしかったですね。私の職業というのは感謝していただける仕事なのだと実感できました。



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