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上條 正勝 院長の独自取材記事

上條整形外科皮膚科医院

(横浜市青葉区/藤が丘駅)

最終更新日:2019/08/28

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藤が丘駅から徒歩7分。住宅街の一角に「上條整形外科皮膚科医院」の大きな看板が見えてくる。1979年開業。40年もの長きにわたって地域に根付いて診療を行ってきた医院である。「大好きなこの町のためになる医療が提供できるよう、精一杯努力してきた」と、優しく微笑むのは、上條正勝院長。温かい人柄がそのまま伝わってくるような人懐こい笑顔が魅力的。待合室で待つ患者を一人ひとり、直接顔を出して呼び出すその姿からは、すべてを包み込む穏やかさが感じられる。そんな上條院長に、日々の診療で感じることや診療の幅が広がっていくきかっけになった出来事、医師をめざした理由や得意な料理の話まで、たっぷりと語ってもらった。
(取材日2018年6月27日)

悲しい出来事を経てトータルで診られる医師へ

こちらは開業されて、もうずいぶん経つのでしょうか。

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はい。1979年の開業ですから、もう40年になります。開業の2年前に引っ越してきたのですが、この町には、きっと何かご縁があったのでしょう。当時は、まだ田園風景の広がる落ち着いた町並みで、大きな建物といえば、昭和大学藤が丘病院くらいしかないような時代。外観からすべて私自身のアイデアをもとにして建てたこの医院も、当時は目立つビルだったんですよ。開業医がとても少なくて、最初は整形外科医院としてスタートしたのですが、「子どもも診てほしい」「皮膚の状態も一緒に」「内科の診療もしてくれないか」という患者さんからの声にお応えする形で、自然に診療科目が広がっていきました。日々の診療を重ねる中で、「大好きなこの町のためになる医療が提供できるよう、頑張ってやっていこう」と決心し、今日まで来たという感じですね。

患者さんは、どのあたりの年齢層の方が多いのでしょう。また、特に人気のある診療科目を教えてください。

長く通ってくださっている患者さんの年齢が高くなり、近年ではご高齢の方が増えてきました。また、開業当初は若かった方が大人になってお子さんを連れて来院されるなど、家族3世代で通ってくださっている方も多いですね。内容としては、患者さんからのご要望で15年ほど前から始めたエイジングケアを、50代~70代を中心とした方々がご希望されることが多いです。皮膚科や整形外科のリハビリテーションで通院をしているうちに、ほうれい線が気になってきたとおっしゃるようになる方も多いんですよ。病気を治す「病医」、食事を治す「食医」、心を治す「心医」、高齢になって動けなくなった方を診る「動医」、それにプラス「エイジングケア」。私は、この5点を診る医師をめざしています。

診療の幅を広げていくきっかけとなる出来事はあったのでしょうか。

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まだ開院して間もない頃、腱鞘炎で通院していたある患者さんと、とても親しくなったんです。書道の先生で、私も書道経験がありましたから、すっかり意気投合して。治療のついでにお話できることが楽しみになっていました。ある日、急に「胸が痛い」と言って来院され、すぐに救急車を呼んで大きな病院に送ったんです。でも、搬送先の病院で亡くなってしまった。心筋梗塞でした。本当にショックでしたね。生活習慣病でほかの内科に通っていらっしゃることは聞いていたのですが、もっと早く、検査をしておけば良かった。とても悔やみました。この出来事をきっかけに、トータルで患者さんを診られるようになりたいと思い、診療の幅を広げていったんです。勉強は、それが患者さんのためになることなら、当然、必要なこと。少しも苦になりませんでした。

子どもの頃の医師との出会いが人生を決めた

先生はずっと医師をめざされていたのですか?

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はい。子どもの頃から、ずっと憧れていました。というのも、小学校2、3年生の頃、当時はまだ珍しかったバイクを追いかけて転び、右腕を骨折してしまったんです。私は長野県安曇村の出身で、いい医者にかかるためには、隣の隣の町くらいまで行かないといけなかった。交通機関を乗り継いで、時間をかけて行った病院の先生はとてもいい方で、いつも優しく声をかけてかわいがってくださいました。本当に素晴らしい方で、先生と接するうちに、いつの間にか自然と、医師になりたいと思うようになっていましたね。その時からずっと、整形外科の医師になると決めていました。あの時、先生にかわいがっていただいた記憶は、今も鮮明に残っています。あの経験が、私の原点です。

休日はどのように過ごされていますか?

最近は、歌の練習に励んでいます。目標は、テレビの歌番組に出場すること。それに向けて練習しているところです。学生時代からとても仲の良かった親友がいたのですが、数年前に他界してしまいました。その親友が亡くなる少し前に会って、相談にも乗っていたのですが。今、振り返っても、とても悔やまれます。だから、その親友に捧げる歌を歌番組で歌いたいんです。私は歌が得意で、カラオケで95点を出したこともあるんですよ。親友のためにももっと練習して、大舞台で歌いたいですね。

ご自身の健康で気をつけていらっしゃるのはどんなことですか。

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健康面でも私自身が患者さんのお手本にならなければいけないと思い、毎週1回はスポーツジムに通い、運動をしています。やはり筋力をつけることがとても重要なんですよ。それに、私は大の料理好き。レパートリーも広く、和食から中華、イタリアン、フレンチ、スペイン料理など、とにかく何でも作ります。偏りなく、いろいろと食べたほうがいいですからね。今も、ほぼ毎日厨房に立っているんですよ。来客のある時は手料理をふるまうことが多く、パエリアやローストビーフなどはいつもほめていただきます。こうして好奇心旺盛になんでもパワフルにチャレンジできているのも、健康で元気に過ごせているからこそ。その大切さを、患者さんにも伝えていきたいですね。

患者に寄り添う気持ちを忘れず精一杯努力していきたい

診療する上で一番心掛けていらっしゃるのはどんなことでしょう。

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とにかく早く治してさしあげることです。痛い、かゆい、苦しいといったつらさを、少しでも早く取り除いてさしあげたい。それには、きちんとした正しい判断を素早くすることが必要ですから、毎回の診療に対して、常に真剣勝負で臨んでいます。1日で病気になることはありません。結果があれば必ず、原因があります。患者さんの何気ない言葉から病気の原因に気づくこともありますから、私は会話をとても大切にしているんです。生活習慣をはじめ、どうしても必要であれば、プライバシーに微妙に関わってくるようなところまで踏み込みます。病気の本髄はどこにあるのかを捉えられるように。頭をフル回転させ、じっくり、しっかりと聞き漏らしのないよう、お話を伺うことを心掛けています。

スタッフの方々に普段から伝えていらっしゃることはありますか。

スタッフは、もう長くいてくれている人ばかり。なかには開業当時からのスタッフもいるんですよ。特に取り立てて伝えているわけではありませんが、私は何か気付くたびに、いつもそれを口に出して「ここはすごくいいね。素敵なところだね」と伝えるようにしているんです。最近は、院内の気付いた点をどんどん意見に出して言ってもらい、それを基に、改善できるところから手直しをしています。鍵付きの傘立てや、下駄箱のところに椅子を置いたり手すりを付けたりしたのも、みんなそういったスタッフの意見がきっかけだったんですよ。それぞれ素晴らしい個性を持ったいい人ばかり。信頼もしていますし、一緒にいい医院にしていこうと頑張ってくれるのは、本当に心強い。ありがたいと思っていますね。

健康で快適な生活を送っていくために、読者にメッセージをお願いします。

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今、医療の専門化が進んでいますが、私は、何かに特化してしまったのでは本当の病気は治せないと思っているんです。もちろん、重症であったり、緊急性を要する場合のために、大きな病院や専門施設と連携しています。ですが、その第一歩として、気軽に頼っていただける医師でありたいんです。開業以来「身近なかかりつけ医」をめざしてきて、ようやく自分のスタイルができあがってきたような気がします。この地域密着スタイルは、若い医師の方々にどんどん取り入れてほしいと思いますし、これからも良きお手本でいられるよう頑張っていきたい。今までどおり、患者さんに寄り添う気持ちを忘れず、地域の方々のために精一杯努力していきたいですね。

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