広中歯科医院

廣中 克紀院長

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瑞穂運動場東駅から徒歩13分の住宅街にある「広中歯科医院」は、院長である廣中克紀先生の父の代から約40年続いているクリニック。全面改装されたばかりのきれいな医院で、診療台の正面にある大きな窓からは美しい庭園を眺められる。診療台の隣にキッズスペースを設置した親子診療室があり、家族連れでも安心して治療を受けられるのも特徴だ。「幼い頃から診療する父の姿が身近にありました」と話す廣中先生は、勤務医時代に口腔外科を専攻し、その経験を生かして地域の人々の口の中から全体的な健康まで見守っている。タブレット端末や口腔内写真を駆使して歯の状態を説明し、患者と問題意識を共有。「患者さんの希望を聞きながら柔軟な対応をする」という治療方針に至った経緯や、治療に対する思いを聞いた。
(取材日2016年6月27日)

日常生活の一部になっていた、父の診療風景

―歯科医師を志されたきっかけを教えてください。

歯科医師である父の影響が強いですね。1977年に父が当院を開業して、来年で40周年を迎えます。幼い頃は2階の自宅に住んでいたので、学校から帰ってくると庭園を走りまわったり、医院の奥にある院長室でよく漫画を読んだりしていました。そんなふうに過ごしていると、父と患者さんが話をしたり笑いあったり、時には喧嘩する声も聞こえてきました(笑)。父の代から今でも通ってくださる患者さんは多くいらっしゃいますね。患者さんとの距離が近く、下町らしい雰囲気の中で働く父の姿を見て「この仕事ができたら楽しそうだな」と、自然に歯科医師をめざすようになりました。

―北海道大学へ進学されたそうですが、何か決め手があったのですか?

進学先を選ぶ際に歯学部があるということは前提で、もうひとつの理由は“柔道”ですね。中学、高校と柔道部に所属しており、かねてから「七帝戦」と呼ばれる総合体育大会に出場したいと思っていました。参加できるのは7つの国立大学のみ。高校時代の柔道仲間が名古屋大学と京都大学に進学したので、あえてそれ以外の大学に絞り、その中でも一番興味のあった北海道大学に決めました。実際に念願の大会出場を果たして昔の仲間と対戦したときには、感慨深いものがありましたね。その後、大学を卒業してからは名古屋大学医学部の歯科口腔外科へ入局し、加茂病院(現・豊田厚生病院)へ赴任。それから同大学大学院にも進み研究を続けていましたが、父が病気で倒れたため急きょこちらに戻ってくることになりました。

―以前から医院を継ぐことは考えられていたのでしょうか?

そうですね。もともと医院を継承したいという気持ちがあり、そのためにも口腔外科の分野を集中的に学ぼうと思っていました。口腔外科ではさまざまな病気の患者さんに対応することが多く、一般歯科よりもさらに踏み込んだ治療ができるからです。例えば糖尿病や出血性素因で血が止まりにくい患者さんの場合、抜歯後にきちんと止血をしたり医科の先生と連携したりする必要があります。糖尿病を診ている先生には、抜歯時の感染リスクを下げるためにどこまで血糖値を抑える必要があるかを伝えて、状態が整ってから抜歯をします。当院にはご年配の患者さんも多いですから、勤務医時代の経験が生かされていると思います。まず歯を診るのではなく、患者さんが持っている病気を考慮して治療をする「全身管理」の考え方を特に大事にしています。

記事更新日:2017/07/26


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