水谷歯科医院

水谷 善博院長

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阪急電鉄千里線・関大前駅の北口を出ると目の前に関西大学の西門があり、その横に「水谷歯科医院」がある。半世紀前に建てられた鉄筋コンクリートの建物は見ただけでその頑強さが伝わってくる。院内に入ると受付と待合室があり、昭和にタイムスリップしたようなレトロ感があってとても落ち着く空間になっている。診察室には書物がたくさんあり、壁には歯学博士の学位の授与を証明する学位記が額縁に入れてかけられている。水谷善博院長は、1967年に開業して以来50年以上もこの地で地域の人々の歯の健康を見守ってきた。歯を抜かずに長く持たせることにこだわり続けてきた水谷院長に話を聞いた。
(取材日2019年1月17日)

歯科医院での楽しい記憶と手先の器用さで歯科医師に

―歯科医師になろうと思った理由を教えてください。

幼稚園の頃から歯科医院に行くのが好きだったんです。診察室に入ると機械がいろいろあるので、見たり触ったりして楽しんでいました。小学生だったある日、学校から家に帰ると母が前歯が抜けてしまったといいながら口を開けて見せたんです。いつもの母の顔ではなくて少し変な感じだったので、「晩御飯が遅くなってもいいから歯科医院に行って来たら」と言ったのを覚えています。しばらくして帰宅した母を見るといつもの顔だったので、歯科医師ってすごいんだ、と子ども心にそう思いました。それで自分も大きくなったら歯科医師になろうと決めて、その思いが変わることなく現在に至っているわけです。気がつけばもう50年以上も歯科医師をやっていますね。

―歯科大学時代の思い出は? 技工の実習はいかがでしたか?

大学は、大阪歯科大学に進みました。一番の思い出は部活動ですね。当時はハンドボール部が大阪の大学の中でも強くて、単科大学としては珍しく東京の中央大学と定期戦をやったりしていました。中学でバスケットボールをしていたので球技が好きだったんですね。先輩たちからかわいがってもらって、同級生ともよく遊んだのが思い出として残っています。勉強は得意でしたね。特に実習では苦労なしでした。子どもの頃から絵を描いたり彫刻をしたりするのが好きで、自分でも手先が器用なほうだと思っていました。技工などの実習では、不器用な友人は何度もやり直しをさせられるんですが、すべて1回で合格していました。それが自慢でしたね。学校帰りに歯科医院に飛び込みで入って、お願いして治療の見学をさせてもらうなどしていました。

―大学を卒業して開業するまでの経緯を聞かせてください。

大学卒業後は、江戸時代の医師で蘭学者の緒方洪庵の子孫が開業した歯科医院で働きました。学生時代は先生の横に立って治療を見学するだけだったので、実際に働き始めて患者さんの治療をすることが楽しくて。初めての診療の時でも緊張することはなかったですね。自慢の手先の器用さで難なく治療をしていたので、先輩の歯科医師からよく褒められていました。開業したのは1967年の10月です。大学の頃からできるだけ早く独立したいと考えていたので、卒業後3年を待たずして開業しました。実家に空いている土地があるから、そこに歯科医院を新たに造ったらどうだということで、個人の歯科医院としてはまだ珍しかった鉄筋コンクリートの建物にしました。

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歯列矯正/25万円~40万円



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