「ペットは飼い主さんにとってお子さんのような存在。私がかける言葉一つで左右される事もあるので、飼い主さんの気持ちを汲み取る心配りを大切にしています」飼い主さんの心のケアにも力を尽くす「明大前動物愛護病院」副院長の下重彰子先生。父親の下重誠院長から病院を引き継ぎ、名前にも込められている動物愛護の精神も受け継いで人と動物の絆を大切にする診療を行っている。明るく輝く笑顔が素敵な彰子先生が、診療時にはきりりとした眼差しに一転。優しさの中に芯の強さを感じる頼もしい先生だ。(取材日2010年4月16日)
―1955年開業。歴史を教えてください。
祖父の代から3世代に渡って獣医師をやっております。祖父の時代は今の動物病院というものがなかったので、馬や牛などの大動物の獣医師でした。小動物病院の経営は父の代からです。始めは今の場所に「下重獣医科病院」という名前で開業しました。ペットを飼っている方も限られていて、獣医界は華やかなものではなく技術の向上が目標という時代でした。昭和50年代に、渋谷区千駄ヶ谷に「千駄ヶ谷動物愛護病院」を開院し、こちらも「明大前動物愛護病院」に名前を変更しました。病院の場所が北参道の交差点に面して首都高の代々木カーブと総武線からよく見える場所にあり、ビルの上に犬が注射器を持っている大きな看板を出しましたので、非常に大きな宣伝効果がありました。
―動物愛護というネーミングは斬新ですね。
当時としては動物愛護という表現が新しかったということもあり、都内だけでなく神奈川県や千葉県、埼玉県など近県からも患者さんがいらっしゃいました。当時はとにかく忙しくて家族全員で病院を支えていましたね。動物愛護というのは名前だけでなく父の精神も表していました。父は当時の動物医療の在り方を変えたいと思っていて、獣医界の改革に取り組んでいました。思いが同じ何人かの獣医師と有志の会を作って野良猫の診療を良心的な価格で診るようになったのも、この頃父が始めた取り組みです。都心にありながら、独自に良心的な価格に設定して診ていましたので他の獣医師さんからの反発が大きかった。プラカードを持った人たちが病院の前に並んだこともありましたね。千駄ヶ谷は20年前に明大前と統合したんですが、千駄ヶ谷の動物愛護病院出身の獣医師が「動物愛護病院」という名前を付けて開業されている方が数名いらっしゃいます。その後は下重獣医科病院を明大前動物愛護病院と名前を変えて現在に至っています。父はマーケティングの能力もあり革新的な事を始められるバイタリティー溢れる人です。ラグビーの選手でしたから「前へ前へ」の精神です。現在は診療からは退いて私に病院を任せて田舎暮らしを楽しんでいますよ。