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西島敬之郎 院長の独自取材記事

西島内科クリニック

(世田谷区/二子玉川駅)

最終更新日:2021/10/12

西島敬之郎院長 西島内科クリニック main

二子玉川、成城学園、それぞれの駅からバスで10分、徒歩3分。満開のひまわり畑の先にあるのが西島内科クリニックだ。ゆったりした敷地にコンクリートを打ちっぱなした建物は、別荘地にある美術館のようなたたずまいだ。駐車場も8台分あり、遠方から来院する人も少なくない。内部は大きな窓ガラスと木材、コンクリートが調和して居心地がよい。豊かな緑や季節の花々は、待合室や診療室からも目を和ませてくれる。西島敬之郎院長が大学病院などで消化器内科と総合内科の専門医として経験を積み、生まれ育った宇奈根で開業したのは20年前。以来、患者との「信頼を生むコミュニケーション」を大切にしてきた。ここには家族3世代4世代で通う患者も多い。穏やかで謙虚な語り口には、地元への愛情と地域医療の担い手としての思いがにじむ。

(取材日2014年8月7日)

患者さんが納得できる「信頼を生むコミュニケーション」を大切に

消化器内科がご専門ということですが。

西島敬之郎院長 西島内科クリニック1

消化器内科は、主に胃や腸、肝臓、胆のう、膵臓といった臓器が対象です。診察には「形を診る」ことが必要になります。例えば、胃は血液検査だけで何かがわかるわけではありません。内視鏡を使って胃の中を見たり、更に組織を取ってきて細胞の形、ピロリ菌の有無を見たりします。エコーを使って肝臓の中に癌がないか調べることもよくします。このように、技術を前提としているのが消化器内科です。機器も、内視鏡を何年かに一度新しくしていますが、昔と比べるとずいぶん進歩しました。当クリニックで行っているのは診断までですが、早期の胃がんであれば、腹腔鏡手術を行うまでもなく、ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)といって、その場で取り除くこともできるまで技術は進んでいます。基本的に地域のクリニックとして、どんな病気でも診断できるようにいつも準備はしています。必要に応じて、専門の病院を紹介できる体制も取っています。

どんな患者さんが多いのでしょうか?

当クリニックには、0歳から90歳代まで、幅広い年代の患者さんが来院されます。大人の場合は、高血圧や糖尿病、脂質異常といった生活習慣病の方、消化器内科をしているので胃潰瘍、逆流性食道炎、過敏性大腸症候群、慢性肝炎の患者さんが多くを占めています。小児科を診るようになったのは、この辺りにはクリニックが少ないので子どもも診てほしいという要望が多くて始めました。感染症、アレルギー疾患の診療、予防接種を中心にお子さん達をみています。冬はインフルエンザ、夏は手足口病、ヘルパンギーナが目立ちます。地元の砧南中学校で校医を務めていますが、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎等、アレルギー疾患を持つ生徒が増えていると感じます。

診療ではどのようなことを意識していますか?

西島敬之郎院長 西島内科クリニック2

治療には患者さんとの信頼関係が大切なので、診療の際は、特にコミュニケーションを十分取ることを意識しています。患者さんにはできるだけ専門の用語を使わずに、わかりやすい言葉で説明するように心がけています。たんに易しい言葉で、というだけでなく、話の内容が一貫するように説明し、患者さんに理解していただくことが大切だと考えています。また治療は、今の医学でもっともオーソドックスなことを行うようにしています。特殊な技術を持っているわけではないということもありますが、地域のクリニックには、いろんな患者さんが来院されます。そのため、ここでしかできないような特殊な治療をして、それが普通だと誤解されてはいけないからです。

開業して20年。医療の「ゲート」として地域を背負えている満足感がある

一見してクリニックには見えない建物ですが、何かこだわりがあったのでしょうか?

西島敬之郎院長 西島内科クリニック3

たしかに普通のクリニックのイメージとはちょっと違いますね。特別なこだわりがあったわけではありません。建物は、建築士と相談して決めました。コンクリートの打ちっぱなしには、人間の生きる、死ぬということが表れる、というのが建築士の意見でした。硬い感じになってしまうかな、と思ったんですがお任せして正解でした。おかげでこのような患者さんが寛げる建物になったんです。それと、入口に飾ってある「生命」をイメージしたようなタイルのアートは、従兄弟の奥さんが画家で開院のお祝いに作ってくれたものです。このあたりは「世田谷のチベット」などと呼ばれていて、昔から緑が多い反面、駅から離れており、少し不便なところです。薬局も近くにないので、院内処方を行っています。8台分の駐車場があるので、小さな子どもを連れたお母さんや、高齢の患者さんを乗せたご家族が車でよく来院されますね。当院のすぐ隣にある「ひまわり畑」はとても有名で観光名所にもなっているんですよ。その為に車でわざわざ観に来られる方も多いです。農家の方がやられている畑なのですが、毎年夏には約2万本のひまわりが咲き、とっても見栄えがあってきれいです。夏以外にも、春にはひまわりの肥料となるストロベリーキャンドルという赤い花が一面に広がってこれもまた幻想的で素敵なんです。

最初から開業をめざしていたのですか?

大学病院でも特に問題はなく、人間関係も良好で仕事も充実していましたから、そのままずっと群馬にいるつもりでした。それでも開業に踏み切った直接のきっかけは、この場所があったことだったと思います。群馬大学医学部附属病院を経て、群馬県沼田市の利根中央病院で内科医長を務め、総合内科の専門医の資格を得たのが、医師として10年目ぐらいでした。経験を積んで、地域の開業医としてやっていけそうだという自信もできたので開業しました。ただリスクは大きかったと思います。親の医院を継ぐというわけでもなく、近くに医師の知り合いは1人もいませんでしたから。開業してから勉強会に出たりして、地域の中で患者さんを紹介したり連携できるように環境を作ってきました。開業医が勤務医と違うのは、初診ですべてが決まる面があるということです。重症の患者さんを専門の病院につなぐということも役割の1つですが、地域医療の「ゲート」として幅広くひと通りのことを行うことも大切だと思っています。そういう意味で、地域を背負えているという満足感がありますね。

なぜ、消化器内科を専門に選んだのですか?

西島敬之郎院長 西島内科クリニック4

群馬大学で1年を終えたときに、第一内科では3つの部門から専門を選ぶことになっていました。代謝といって、糖尿病や甲状腺などを扱う部門、それから呼吸器部門と消化器部門がありました。消化器部門もさらに分かれていて、胃と食道の専門、胆のうと膵臓の専門、大腸や肝臓の専門、といったグループがありました。そのときに消化器内科を選んだのです。理由は、技術を活かし、外科的なことができることにやりがいを感じたからです。代謝は、どちらかというと実験が好きで基礎研究が得意な人がやるもの、というイメージがありました。私は基礎研究より、臨床や技術を身につけることに関心がありました。そのため消化器部門は、それこそ機器を扱ったり技術が必要ですから、消化器内科が向いているかなと考えたのです。

地域の開業医の責務として、技術の維持向上に努めたい

この緑の多い環境で、どんな子ども時代を過ごしたのですか?

西島敬之郎院長 西島内科クリニック5

小さい時は体が強い子どもではなかったんです。線が細くて、旅行の前日になると緊張感から熱を出してしまうような子で、喘息もありました。ただひたすら遊んで毎日を過ごしましたね。今は兄が住んでいますが、自分が育った家はすぐ近くにあります。この辺りにはいくらでも外に遊ぶ場所があって、それは今でも変わりませんね。勉強はそれほどできませんでしたけれど、体が弱かったので親もそのほうがうれしかったようです。地元の中学に入り、都立広尾高校に進学しました。高校ではハンドボールなどスポーツもやっていました。体力が付いたのか、成長するにつれて丈夫になりましたね。開業してから20年間はありがたいことに、自分の病気でクリニックを休んだことは1回もありません。

なぜ、医学を学ぼうと思ったのですか?

高校1年のときはとにかく勉強をしなかったので、成績は下から数えた方が早かったんです(笑)。大学を選べるレベルではなくて、2年生になってこのままじゃいけないと思うようになり、勉強を始めました。勉強ができたわけではないのに、中学生ぐらいの時から、不思議と東大に対する憧れみたいなものはあったんです。皆がいう東京大学を受験してみたいと……。そのために努力しなくちゃいけないんじゃないか、という気持ちが出てきたのかもしれません。身近に医師がいませんでしたから、医師の仕事をよく知っていたわけではありません。医師はサラリーマンと違って自由度がありそうで、企業に入って働くよりはいいかな、とその程度のイメージで医学部に進もうと決めました。

開業して20年ですが、これからどんなクリニックにしたいと思っていますか?

西島敬之郎院長 西島内科クリニック6

自分が育った土地というだけでこの宇奈根で開業し、何とか続けてやっと落ち着いたのが10年ぐらいしてからでしょうか。その頃からテニスを始めるようになりました。それまでテニスの経験はなかったのですが、ここから5分のところにコートがあって、妻や仲間とよく通っています。娘も薬剤師になっており、プライベートの面でも充実して、気持ちにも余裕ができました。ただ落ち着いたからといって、気を緩めないようにしたいと気をつけています。まったく新しいものにチャレンジするというより、いろんな症状で来院する患者さんに対応できるよう、今の状態をきちんと続けていきたいですね。医療も進歩しますし、機器や技術の水準の維持に努めて、これからも地域の患者さんに接していきたいと思っています。

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